バリ島駐在記「バリからスラバヤへのルート」

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地図

ジャワの街

(上の地図はインドネシアを中心とするアジアの地図、最西端の長細い島が過日津波のあったスマトラ島、スラバヤの上にある島がボルネオ島で、下半分がカリマンタン州、インドネシア領土、上がマレーシアの2州とブルネイ王国が存在する)
(下の写真はジャワの街の喧騒ぶり)

 

 バリ島のデンパサールからジャワ島のスラバヤ(インドネシア第二の都市)へのルートは、まず西側の国道を利用して島の西北にあるフェリー乗り場に到着するところから始まる。デンパサールのターミナルからバスを利用しても行けるし、車を駆って行ってもいい。

 フェリー乗り場までの道路は曲がりくねっていて、ときに、カーブでトラックが横転している姿が見られるのは、ほとんど荷物の過剰積載かドライバーの無謀運転が原因で、積荷が湾曲部に放り出された形になっている光景をしばしば目にする。

 フェリー乗船場まで自家用車でおよそ3時間の行程、到着するなり切符を入手し、時間待ちをするが、これが約1時間、フェリーに乗ってジャワの桟橋までの動きが面白い。フェリーが渡る海は島と島との海峡にあたり、当然ながらリップカーレント並みに潮流が強い。フェリーはまず潮に逆らって斜めに進み、海峡の中ほどから船体を逆斜めにし潮に乗る。すると、ちょうど向かい側の桟橋に到着するという読みで、長年の勘によるものだろう。帰途も、同じ手法を採る。フェリーにはときに定員を超す船客も積荷も乗せるから、危険はあるが、私は二度このフェリーを利用した。

 フェリーが到着する桟橋にはジャワの少年らがたむろしていて、「コインを海に投げてくれ」と叫ぶ。投げてやると、潜っていって、確実にコインを手に浮上してくる。少年らの小遣い稼ぎになっているのであろう。むかし、香港でも、漂海民の子子供が同じことをやっていた。

 一度は部下の一人がジャワ娘と結婚式をあげるために、ジャワの東南部にあるグンテンという村に行き、式が終わり次第、車で同僚と一緒にスラバヤに行った。グンテン村に寄ったことで、このときは山道に入り、起伏のある道路を右に左に曲がりながらドライブしたが、野生の猿がいたるところにいた。日光の猿と違って、人が餌を与えることはなく、互いの分際も境もしっかり守られていた。野生の生物に餌を与えるなどは、腑抜けのやることで、分を守っていない証左。

 もう一度は、それより前にジャワ島北側の国道を利用、真っ直ぐスラバヤに向かったが、舗装のいいかげんな国道をトラックやバスが思いきり飛ばして走ることで、ちょとした恐怖が伴う。とはいえ、この国道を使っての移動が最も頻繁。デンパサールのターミナルを出発するバスもこの道を使う。周囲の景色は単調で、山道に比べ目を愉しませるものは街に入ったとき、食事をするとき以外にはない。

 いずれの場合も、スラバヤまではフェリー乗り場から6時間くらいはかかり、デンパサールからの時間、フェリー搭乗時間を入れると、トータル10時間という長丁場の旅となる。

 スラバヤはインドネシアの首都、ジャカルタに次ぐ大都市で、人口は300万弱、日本でいえば大阪にあたる。ジャワ人とマドゥラ人が多いが、マドゥラ人はマドゥラ島からの移住と聞く。インドネシアで最も人口密度の高いのがマドゥラ島だとは、マドゥラ人から直接聞いたことだ。ちなみに、インドネシアの人口は、中国、インド、アメリカに次いで世界第四位で2億人を越え、国土は1万を超える島嶼から構成され、人口の90%がイスラム教徒である。

 スマトラは舗装されている分、陽光をそのまま受け、反射するから、、猛烈に暑く、湿気も強い。

 バリからジャワに入って、すぐ感ずるのは、犬の姿を見なくなることだ。ジャワ人は基本的にイスラム教徒、豚と犬を嫌う。逆に、ジャワからバリに帰ってくると、放し飼いされた犬の姿を見て、バリに帰還したことを実感する。

 インドネシアの領土の大半が島で構成されることは既述したが、それぞれの島に特有の方言があり、テレビ報道を見るときだけが唯一共通語であるインドネシア語に接する機会。領土は海を隔てつつ東西に5千キロはあり、そのことはアメリカの東海岸から西海岸までの距離に匹敵する。 島ごとに、言葉が違い、人の容貌も異なるという意味では、人の顔を見るのが好きな人間にはたまらないところだが、日本人が単独で歩くにはリスクもある。

 インドネシア語といったが、70%以上は隣国のマレーシアと同じ言語であり、総称して「マレー・インドネシア語」という。


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