バリ島駐在記「日本人観光客への痛烈な批判」

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バリの海
ロンボック

 バリ島の観光が宗主国だったオランダ人の手によって始められたことはすでに触れたが、クタをはじめ、島が本格的なリゾート地として名を高めることに最も寄与したのはオーストラリア人だった。

 距離的に近いこともあり、かれらは冬になると、バリにやってきて、バケーションを愉しんだ。歳月の流れとともに、西欧諸国からもチャーター便などで2週間、3週間という長期滞在客もやって来るようになったが、訪問する客数において、オーストラリア人を凌ぐ国は長いことなかった。

 それが、1994年に至り、オーストラリア人を抜いてトップに躍り出たのが、いわずと知れた日本人観光客で、不思議なことに、それ以来、コレラ問題が出たり(とはいえ、コレラに感染したのは日本人ばかりだったが)、スハルト政権が倒れたり、次期大統領選挙を巡ってバリ島が荒れに荒れたり、クロボカンの監獄から脱走があったりと、予期せざる事件が多発した。

 そうした事実とは別に、私は知己のオーストラリア人から次のような批判を受け、返す言葉のなかったことを記憶している。

「日本人がやって来るまえのバリ島は土産物にしても、何にしても、すべて安かった。おかげで、オーストラリアの一般人でもバリに骨安めに来ることができた。ところが、年々、日本人が増えてくるにつれ、すべての値段が高くなった」

「といったって、一番高く買わされているのは日本人だろ? オーストラリア人にしても、西欧からの観光客にしても、ずっと安く買えているんじゃないのか」

「確かに、価格には色々ある。ヨーロッパ人価格、東洋人価格、日本人価格、オーストラリア人価格、現地人価格とあり、そのなかでも、日本人価格が最も高いことは知っている。しかし、日本人がこんなに増えるまえまでは、もっともっと安かった。とにかく、日本人が通ったあとは、どんなものも価格が騰貴する。娼婦の値段まで高くなってしまった。いくらお金があっても、あっというまになくなってしまう。なぜ、あぁ、日本人は平気で、かれらの言い値でものを買ってしまうんだ? いや、それだけじゃない。つり銭を数えようともしないし、両替したときだって、ルピアを数える日本人なんて見たことがない」

 私は唇を噛んで、沈黙するしかなかった。

「いまや、バリ島はオーストラリア人にとっては骨休めの土地ではなくなった。このうえは、隣のロンボック島を開発して、そちらをメインに売っていくつもりだ。そこで、お願いだが、ロンボックにまで日本人を運んでくるのはやめてくれ」。

ロンボックの宿
(ロンボックのバンガロータイプの宿)


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