バリ島駐在記「800年前の頭蓋骨」

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頭蓋骨

 2006年12月18日、19日と「サンギラン」と「化石」について語ったが、ジャワ島で仏教徒が残した遺産「ボルブドゥール」のあるジョグジャカルタから南へ進むと、「ブンガワン・ソロ」という歌で名の知れた「ソロ」という街がある。

 日本人観光客はあまり訪れないが、ヨーロッパ人はかなり訪れ、そこに密集している骨董屋で真贋を見極め、品物を購入する風景が見られる。もちろん、そこにも化石は置かれているが、ある日、ある店舗で「800年前の頭蓋骨」を発見した。

 上の写真に比べ、その頭蓋骨はもっと茶色がかっていて、頭部の真ん中に蛇線が走り、目の部分、口の部分などは写真にそっくりだった。

「それに興味あるの?」

 若い店員の男の子が、ガラス張りのケースに入った頭蓋骨を眺めているところにやってきて、隣にしゃがみこみ、そう尋ねる。

「いや、どのくらい古いものかなって思ってさ」

「それ、800年は経っているよ。だって、それが出土した土地がサンギランの付近なんだから」

 サンギランという地名は私の脳裡にしっかり根づき、忘れられない土地である。いずれは原石を入手するために再訪まで考えている。サンギランという地名が男の子の口から出たことで、目の前の頭蓋骨が急に価値を高め、ソロといわず、マラン(ジャワ南部の街)といわず、スラバヤ、ジャカルタでも見たことがないという経験から、「もし手に入れるとしたら今をおいてない」という考えが頭のなかで躍りはじめ、頭脳の働きを鈍らせたというしかない。

「で、それさ、いくらなんだ?」

「安くしとくよ」

「だから、いくらにしてくれる?」

「5万っていうところかな」

 当時、1ドルが2,500ルピアだから、5万ルピアは20ドルに相当する。

「4万が相場ってところだな。ほら、4万ルピア、ここにある。頭蓋骨をケースから出してきな」

 男の子は「えぇ?」と反発しながらも、ケースから頭蓋骨を出し、素直に包装紙にくるんでくれた。

 夜、バリのオフィスに帰って、あらためて包装紙から出して眺めると、電灯の下に置かれた頭蓋骨の目のくぼみがやけに黒く見え、トゥルニャンで見た幾つもの頭蓋骨よりも、意思をもった特別の物であるかのように目に映ずる。手で触れて、全体をあらためてみたが、傷や瑕疵はない。骨は固く、「800年前のもの」という店員の言葉が真実味を帯びてくる。

 その夜、たまたま残業をしていたローカルで雇った日本女性を呼び、頭蓋骨を見せると、

「いいですね。こんなの滅多に見られないですよね。飾りにだってなるくらいなものですよ」

 との発言。彼女の胆力というより、好奇心の強さに驚いた。

「もし、君が気に入ったというんなら、やるよ。持って帰っていいぞ」

 私は頭蓋骨との共同生活を推察し、手元に置くことに、はやくも嫌悪を感じていた。

「うん、どうしようかな」

 と逡巡しつつ、唸っていたが、

「ちょっと時間をください。明日までに、もらうか、もらわないか決めますから」

 そう言って、帰宅していった。

 翌日、彼女は私のオフィスに入ってくるなり、

「やっぱり、やめます。どう考えても、一緒にいられるって感じにはならないんですよ」

 と言って、結論を出した。

 そこで、親しくしている土産店の店長のところに、頭蓋骨を運び込み、相手の意向すら訊かず、包装を解くなり、サイドテーブルの一角に安置した。

 「お宅にはいろんな人が来るじゃない。なかには、こいつが欲しいって人もいると思うんだ。だから、しばらく、ここに置いておいてくれないか」

「そうですか。あなたからそういわれたら、無下に断るわけにもいかないし、とにかく、しばらくお預かりします」

 店長は渋々同意した。

 それから一週間が経ったとき、店長が私のオフィスにやって来、

「これ、お返しします。ダメですよ。毎朝、出勤する都度、こいつが私を睨んで、挨拶するんですから。気持ち悪いっていうより怖くって、オフィスに向かいながら、またあいつに睨まれるんだなと思ってね」

「一週間置いていて、だれも欲しいっていわなかったんだな」

「だーれも」

 諒解した私は再び頭蓋骨を包装紙でくるみ、ダンボール箱に入れ、そのままロッカーの最上段にぶち込んでいた。

 するうち、私の勤務先が変わることになり、頭蓋骨の処理について真剣に考えざるを得なくなった。まさか、新しい職場にまで同伴してしまうわけにはいかなかった。

 一度、大学に行っている息子に電話を入れ、

「おまえさぁ、大学の考古学を担当している先生を知っていないか?」

「分野が全然ちがうよ。ぼくは考古学なんかに興味ないし」

 まるで、とりあってくれない。そのうえ、「家になんか、持ち込まないでよ」と、釘まで刺されてしまった。

 究極の選択というべきか、私は包装された頭蓋骨をビニール袋に入れ、車を走らせ、田舎の谷間にやって来た。車を止めさせると、外に出、ビ二ール袋を谷の下に向かって放り投げた。「これですっきりはしたが、人間の遺骨を投げ捨てた以上、自分には呪いはかかっても、このさき幸運は待っていないだろう」と、腹をくくった。

 今でも、あの頭蓋骨はあの谷間の底でビニールにくるまれたまま存在しているのか、あるいは土地の誰かが拾って、警察にでも届けたか、いずれにしても、私には不分明で、調べようという気にもなれないまま、10年余が経過してしまった。

 ただ、その行為が惹起するかも知れないどのような不運が私を見舞おうと、覚悟だけはできているし、逃げも隠れもしないつもりである。


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