バリ島駐在記「クロボカンの監獄」

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kerobokan prison

 バリ島にはクタという、過日テロに遭ったエリアの隣にスミニャックというエリアがあり、さらに北のクロボカンへと続く。上の写真はスミニャックの海浜リゾートだが、クタから始まった土産物店舗がいまやスミニャックはもとよりクロボカンまで拡大している。

 そのクロボカンに刑務所があり、ジャワ人、バリ人、スマトラ人の別なく、犯罪者が収監されている。

 1999年頃だったと記憶するが、囚人が放火、100人を超える収監者が逃亡、脱走を図った。

 この報が日本に伝わるや、本社から連日のように、逃亡者の逮捕状況を問い合わせてきた。安心して顧客をバリに出せないというのだ。当然の配慮である。

 バリで仕事をしていた私は毎日、知己の警察官のトップに電話を入れ、状況を尋ねた。今日は何人が逮捕され、何人が帰監し、何人が未だ捕まっていないかを確認し、そうした状況を東京本社に報告した。

 驚いたのは同じ職場で働く従業員の反応であった。バリ人スタッフに、この件を心配している人間が全くいなかった。曰く「ジャワ人やスマトラ人なら船を盗むか、あるいは漁師に頼んで、できるだけ早くジャワ島かロンボック島に逃げるでしょうし、バリ人なら村に帰るしか選択の余地はなく、たとえ帰っても、周囲の目を逃れることはできませんから、親も兄弟もクロボカンに即刻帰るよう説得するしかありません。ですから、夜道を心配する必要はありませんし、観光客が狙われる心配もありません。だって、人がたくさん集まるような場所に逃亡をはかる人間が近寄るはずがないからです。よしんば、ジャワ人やスマトラ人がバリにいたとしても、現地人でないことはバリ人の目にすぐばれますから、島内にとどまることは考えられません」と。

 確かに、彼らの言う通り、いったんは逃げたバリ人は二、三日のうちに帰監し、船を探していたバリ人以外の逃亡者もあっという間に捕まって、再収監され、いつの間にか、話題にも出なくなった。

 クタで麻薬の一種であるエクスタシーを買って、警察に捕まり、刑務所に入れられた話は、2006年7月26日の「アジアの地獄」という本の書評で触れているが、それがクロボカンにある刑務所だった。

 ちなみに、エクスタシーは日本にも入っているし、2006年2月11日の「セックス依存症だった私」の書評でも出てくるが、インドネシア外交官が外交ルートを使ってエクスタシーをオランダに運んだという話を当時耳にしてもいる。最近、このエクスタシーが欧州全域に広がっているとのニュースには驚かされた。


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