うさぎのミミリー/庄野潤三著

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うさぎのミミリー

「うさぎのミミリー」 庄野潤三(1921年生)著
芸術院会員   2002年に単行本として初出版
新潮文庫2005年5月初文庫化

 

 この作者の作品に接するのは初めて。文庫本に挟まっていたチラシに「家族を包んで流れる豊かな時間」を見て、読もうという気になったのが縁。内容は日記風に日々の生活を描いたもの。

 正直に感想を申し上げるが、驚愕と、羨望と、嫉妬が入り混じった心境が孤独に生きるわが身に迫って、書評を書くにしては、当方の気分がむちゃくちゃ掻き乱され、いまどきこんなファミリーがこの日本に存在すること自体に当惑したというのが本音。自分が今、こういうファミリーと同じ地球上の、というより日本の空気を吸って生きていることの不思議を想った。

 というのも、私は兄弟五人の長男だが、妻とは7年前に別れ、兄弟はそれぞれ仕事もあり、ほとんどバラバラ、一人息子は先端技術をベースとした起業をしたばかりで、営業の拡大に必死、自分自身の置かれた環境と、作者の置かれた環境との、あまりに深い落差と溝に唖然とするばかり。

 タイトルの「うさぎのミミリー」というのは、長男一家が飼っていて、家族で外出するときに作者の家に預けにくる「うさぎ」で、本書全体を表現するようなタイトルではないものの、子共、孫、嫁、隣近所の人々などを含め、10人以上のメンバーが気軽に出入りする家という趣旨を損なうほどのタイトルでもないし、これはこれでなんとなく解る気がする。

 このファミリーの一体感からは、現今の核家族化、少子化、地球温暖化、そうした社会的な問題が読者の頭から吹っ飛んでしまって、別世界に迷い込んだような気持ちに陥る一方で、結局はその原点から離れられないという気分に陥る。

 一年を通して、むかしから日本にある伝統、文化をそのまま抵抗なく守って、しかも、孫までがそういう家庭のしきたりにあがらうことなく溶けこんでいる姿、風景がたまらない。毎日のようにやることがあって、夜になれば、夫はハーモニカを吹き、妻はそれに合わせて童謡を歌う、そんな景色は生まれてこのかた見たことがない。春には「早春賦」を、夏には「夏は来ぬ」を、秋には「赤蜻蛉」を吹き、歌うのがことのほか好きだと仰る高齢の夫婦の在り方が和やかで、幸福感に溢れている分、そうした境遇とは縁のない読む側としてはむかつくというより、気が滅入ってしまう。

 本作品に対しては「家庭に、家族に、知己に恵まれ過ぎている」というコメントもあるかも知れないが、それは作者と作者を取り巻くファミリーメンバーが創り上げたもので、これに嫉妬してもはじまらないが、豊かさ、幸福感をこれ見よがしに表現している印象も拭いがたく、極端に異なる環境に押し潰されている人にとっては不愉快きわまりない書にもなり得る。

 ただ、お歳のせいかどうか、同じ話が何度かダブっていること。たとえば、「メジロは甘いものが好き」は最低5回は出てくるし、巨人軍をやめてからピッチングコーチをしておられる藤城さんと出会うと「今日は何回目の散歩ですか」と聞かれ、それに答えると、「それじゃ、お気をつけて」という文章も最低4回は本書に出てきて、せっかちな私にはとてもうっとうしい。

 また、花木が好きで、専門の植木職人を入れているところは、家の庭にはたくさんの花木があることが想像されるが、そういう自然を愛する人間が金木犀については「咲き始め」と「散り始め」を書いただけで、この花独特の芳香について一切触れていないことには合点がいかない。

 とはいえ、本書からは昔からこの国に存在した、伝統、文化、躾を守る「古風」が古風でないニュアンスで描写されていることに感銘を受けた。


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