この世の全部を敵に回して/白石一文著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加


「この世の全部を敵に回して」  白石一文著
小学館 単行本  2008年4月初版

 
 本書は首記作者、白石一文の作品ではなく、同氏の亡くなった友人の遺作であるが、実名は披露されていない。

 書店で、本書のタイトルが目を惹き、そのままピックアップした作品で、実は白石一文という作家の作品に触れたこともない。

 読み始めてみると、「自分は妻も、子供も愛していない。自分にとって、かれらは厄介な者でしかなく、単なる自分の稼ぎの簒奪者である。人間は癌細胞と同じく、どこに転移しても、どのような環境にも適応して増殖し、宿主が死ねば自らも死ぬという運命、何の役にも立っていないという点、人間と癌は相似のもの」と言いながら、一方で「死後の世界を信じている、そのことはTVの放映で霊能者を見ているだけで十分に理解できる」などと、唐突に不可解な言説を弄する。この一点に関しては頑固に身構えるところが、奇妙であり、私にはUFOや霊写真や背後霊などの話を喜んで見る愚者の一人とさして変わらぬように思われた。だいたい、家族が簒奪者だというのなら、結婚そのものをすべきではない。

 「前世がある」などという禍々(まがまが)しい説は、「なぜ、人間にだけ前世や後世があり、他の生物にはないのか」、そして、「なによりも、1940年代には地球の総人口は40億人くらいだったのが、現在では2倍に近い人口に増加しているのはどういうことなのか」、その事実は明らかに輪廻転生を否定しており、仰ることと背反しているではないか。

 人間には、「あの世があったらいい」「いや、あの世はきっとある」という願望、希望がある。そう思い込み、信ずることで安心できるという勝手な短絡に縋(すが)る性癖をもつ。地球に棲息する生物はすべて生死は公平であり、人間だけが特別な前世や死後の世界が用意されているなどということは金輪際あり得ない。人類などは地上に生まれた最悪の生き物、思い上がっちゃいけない。

 人間は数十億年前に、海に棲むバクテリアがあるときある形に変容し、陸上に這い上がり、やがて環境の変化に何度も対応しつつ適応をくりかえし、進化を遂げて猿となり、さらにホモ・エレクトスと化して暫くすると、二足歩行で立つホモ・サピエンスに進化を遂げたのであって、言葉をもち、文字をもったことが情報の蓄積を可能にし、伝達できるようなり、文化が急激に発達し、他民族との抗争をくりかえしながら、今日に至っただけのことである。

 言葉をもち、文字をもったことが慢心に繋がり、自分たちだけには「前世」や「あの世」が約束されているなどという非科学的な願望を生み、それを頼りに死に向かうという、安堵したいがための怯惰で小心な構えというしかない。

 「人は生まれれば、いずれは死ぬ」、「形あるもの(宇宙も、銀河も、太陽系も、地球も例外はなく)、いずれ必ず滅する」。ひょっとしたら、地球温暖化が急激に進んで、あっと思ったときは、回復不能に陥って、地上生物の大半が死滅するかも知れず、あるいはあらゆる抗生物質が効果を発揮できない突然変異的ウィルスが地上を覆い、人類史に幕が降りるかも知れない。

 誰もが、学生時代、一度は人生の意味、人類の生存意義などについて考えてみたり、疑義を持ったりするもので、真っ向から立ち向かうには設問自体が大きく、厳しすぎ、とりあえず生きながら、そのシリアスな設問について考えてみようとするが、社会人となり、家庭をもつにつれ、仕事に追われ、生活や雑事に追われるうち、こうした根本的な自問はしなくなって、いわば惰性で生きるのが一般的で、本書の作者のような懐疑を持ち続ける人はきわめて稀。

 人生に懐疑をもち、人生に意味がないと考えるのも自由だし、ある意味で哲学的な姿勢ともいえるが、この作者の文章は肩に力が入りすぎていて拙劣で稚拙、思考回路はあまりに幼稚でお粗末、矛盾、撞着が多く、透徹した理論展開が欠落しており、まともに読書を継続する気にはならず、3分の1ほどまで読み続けたのが精一杯。

 小学館も、このような文章作り、まとめ方しか出来ぬ作品を上梓するようでは、いずれ読者を失うのではないか。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ