てんてん/山口謡司著 (その1)

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「てんてん」  山口謡司(やまぐちようじ/1963年/大東文化大学准教授)著
2012年1月25日 角川出版より単行本初版 ¥1500+税
副題:日本語究極の謎に迫る

書評:「その1」

 「てんてん」とは何か?という疑問から、本書への興味を持ち、それが濁音であることと併せ、日本語ルーツにつながるものであると知って入手、結果として、専門家から語源に関する様々なアングルからの判断や推量に触れることができ、楽しい読書だった。

 かねてから、奈良時代の人間と現代人とでは会話が成立しないのではないかと想像していたという経緯もある。

 以下に感銘を受けた箇所を記しながら、(  )内に私自身の意見や経験を記す。

*現在「はひふへほ」と発音されているものが奈良時代から平安時代初期までは「ばびぶべぼ」と発音されていた。それが源氏物語が書かれる西暦千年頃から「ファ、フィ、フゥ、フェ、フォ」に変化したが、英語のF発音ではなく、唇を上下に軽く合わせて発音する。

(私は長いこと江戸時代まで日本にもF発音があったと思い込んでいた)。

*「母」は当然「ファファ」だったが、奈良、平安時代までさかのぼれば、「ババ」ではなく、「パパ」だった。つまり、「BABA」ではなく「PAPA」だった。

(まさかと思う人もいるだろうが、実は沖縄本島のある地域では私が沖縄で仕事をしていた頃は、母親を「PA」と呼んでいた)。

 「FAFA」だった時代から移り、どうやら江戸時代に入ってから「HAHA」と変化したらしい。

(沖縄にはかつて言語学者が多く訪問し、各離島をまわってもともとの方言を口にできる老人に直接会い、その発音を録音した。理由は沖縄でしゃべられている言葉は元をただせば、奈良、平安、遅くとも鎌倉時代の言葉がベースになっていて、これが島から島へ、海を越えてはるばる伝わったため、島によって残った言葉に相違や変化があり、それを調べることで伝播のルートな島の特質などが解ったという。私自身は寡聞にして多くをしらないが、最西端の与那国島では腕のことを今でも「かいな」というし、「めんそーれ」だって「参り召しそうらえ」からの変化だというし、ある離島では男女の性的交渉を「まぐわう」という。

 平家の残党が沖縄まで逃げたという話もあるくらいだから、かれらからも言葉を教えてもらった可能性はあるだろう。むろん、沖縄には中国からもらったと思える方言も存在する)。

(本書には出てこないが、「富士山」もおそらく当時は「プツィツァン」と読んでいただろう)。

*905年まで、平仮名ができあがるまで、日本の文化は中国の唐王朝に規範を仰いで、模倣することに重きがおかれていた。一説に、仲良くしていた百済からの帰化人が助力したとも。

*江戸時代まで、必ずしも濁音をつける必要はなく、人々は文章を読みながら、自然に濁音の有無を理解していたという。(文に濁音をつけなかった理由の一つには、和歌のもつ美意識に濁音が邪魔することになるということもあったであろう)。

*濁音のつく言葉には得てして、えげつない、下品な、おそろしい、人をバカにした言葉が多い。例を挙げれば、ブス、デブ、バカ、スケベ、ダメ、ギスギス、グル、下種、図々しい、ジゴロ、ゲロを吐く、ゴミ、泥etc.

*音読み、訓読みがあることも日本語の特長であり、日本語を学ぶ人にとっては難しさを助長している。

*清少納言をはじめとする当時の文学界が高く評価したのは白居易(白楽天)で、とくに長恨歌と枇杷行、源氏物語にも大きく影響している。とはいえ、まだまだ清も濁もなく、ひたすら唐の文化の吸収に集中して国家の体制を創造することに懸命だった時代。

 以下は、「その2」に続く。


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