ひとたびはポプラに臥す(第三巻)/宮本輝著

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書評:ためいき色のブックレビュー-ポプラ3

  「ひとたびはポプラに臥す」第三巻  宮本輝

  2002年3月15日 講談社より文庫化初版

 「西安から2,887キロ離れたトルファンが視界に入ってきたが、暑く、乾いて、砂だらけ、風もなく、街は砂埃でかすんでいる」

 トルファンのホテルにチェックインした後、夜になると、葡萄棚の下でトルファンの女の子たちが哀切な旋律にのせて踊りを披露してくれる。

 (私がトルファンを訪れたとき、ホテル施設などはなかった。招待所と呼ばれる平屋の粗末な建物のなかに20部屋ほどがあり、どの部屋も下は地面が剥き出しで、部屋にはシャワーはおろかバスもトイレもなく、でこぼこの真鍮製洗面器が置いてあっただけ。ベッドは鉄製の、これまた粗末な寝床だった。屋外に設備された、むかし小学校にあったような水道を使い砂漠を通過中に浴びた砂埃を落とした。ドアーロックが壊れているトイレは共同使用で、同行者はそれぞれパートナーを探し、ドアーの外に立ってもらった。もっとも、その頃は、西安にすらまともなホテルはなかったのだが。葡萄棚の下での少女らの踊りは私も見た)。

書評:ためいき色のブックレビュー-トルファン
  (トルファンの女の子による踊り)

 「ウィグル族は西洋人でもなく、東洋人でもなく、東西を結ぶ特殊な風土で、幾多の興亡を生き抜いてきた民族として、血のたぎりは深く、烈しい。かれらが誇り高くないはずはない」とは、作者が知己に宛てた手紙。

 また、同じ手紙に、「真実だけを伝える明確な歴史というものはあるのだろうか。アメリカの歴史をインディアンに書かせたらと考えてみれば、自明だ」とある。

 (歴史は歴史のただなかにある人間ではなく、後世の人の手により戦いの勝者が残した記録をベースに書かれ、残されるのが通常のことだとすれば、我々の抱く歴史としての知見には虚偽も誇張も含まれているだろう。現実に中国政府がウィグル族に対してその文化に敬意を払うような政治は行なっていない。チベットに対しても同様)。

 「文明の十字路としてのトルファンのバザールに賑わいがなく、軒を連ねる店主に覇気が感じられない」と語りながら、「戦後、アメリカによる日本人骨抜き作戦は時を経るにしたがい、成功裏に終始、現代の日本人は下品なテレビ番組に笑い興じ、人間としての慎みも矜持も喪失してしまった」と嘆息する。同感というほかはない。

書評:ためいき色のブックレビュー-トルファン肉屋
  (トルファンの肉屋)

 翌日、交昌故城(五世紀末に栄えた王国と伝えられる)を訪れる。

 (私にとっても懐かしい遺跡だが、作者一行が訪問したときには、いたるところに土産店があり、内部へはロバに牽かれた車に乗っての見物になるらしく、状況に天地の差があることに驚愕。私が見た城の遺跡周辺には人の影はまったくなく、黄色に崩れた遺跡が視野いっぱいに拡がっていて、内部も自らの足を使って歩くしかなかった。故城といえば、「交河故城」にも寄った。

書評:ためいき色のブックレビュー-高昌
  (交昌故城遺跡)

 作者は、「自分には遺跡というものから何かを感得する能力が欠けている」と言い、帰途、アスターナ村に寄ることのほうを優先する。村人の生活を眺めつつ、「いまの日本人はエゴまるだしにして、権利主張に走る。社会は知能あって知性なしの、機械のような個人主義に囲まれている。個人主義はとりわけ日本人には不向きな処世観。民族それぞれがもつ特殊性への尊重心を互いにもつべきだ」と述べている。

 作者はロバの車に乗ったウィグル人の家族を見つつ、三好達治の「静かな眼、平和な心、そのほかに何の宝が世にあろう」という詩を思い浮かべる。

 ところが、平和な村にも、「そこかしこに異様に目つきの鋭い漢人が立っていて、周囲に視線を配っている。その目つきの悪さはこの村にあまりに不釣合いだった」。おそらく、少数民族の反乱、内乱を恐れるあまり、政府が送り込んだ官憲であろう。

 「他人の国にいるのだから、同行者に余計なことは口にするな」と警告していた作者が、「古今東西、岡っ引きというのは品性下劣なヤカラと決まっているけど、ここの連中はとびきり人相が険悪だ」と発言してしまう。すると、同行の子息が、すかさず、「俺には余計なことを言うなといっておきながら、オヤジは好き勝手なことを言う」と反発。

 地獄の釜のように暑いトルファンを出発し、コルラへ向かう。400キロの行程。再び、竜巻と蜃気楼の連続。

 「なんとかならなければ、死ぬしかない」という考えを生まれたときから日常化している民族と、わずか一分の誤差もなく電車や地下鉄が動いて、数分の遅れで人が苛立つ社会でうごめいている民族が融合できるはずがない」との言葉を目にしつつ、(アフリカでは生活の実態や習慣にはそれほどかけ離れたもののない民族であるにも拘わらず、それでも互いに殺し合いをやめられずにいる事実を想起した)。

 コルラへの道々、「平家物語」を思い出す。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」で始まり、「それよりしてぞ、平家の子孫は絶えにけり」で終わる壮大な語りの文学は文章技法における省略と抑制のすごさを教えるだけでなく、生というものへの覚悟まであらためさせたとの言葉には唸るばかり。ただし、壇ノ浦の戦いの後、平家の子孫は絶えたというのは間違いで、頼朝が立ち上がったとき坂東(当時の関東)にいた武士が呼応したが、そのなかには源家、平家双方の血を引いた武家が共存し、幕府を支えた。平家物語はあくまで小説、著者は文章技法を褒めている)。

書評:ためいき色のブックレビュー-コルラ

       (コルラ市街)

 コルラの後は、280キロの行程だが、いよいよ鳩摩羅什(こまらじゅう)の出生地、クチャの地を踏む。「彼の時代は五胡十六国の時代で、群雄割拠の乱世」。

 「砂漠の民は砂を掘り、土饅頭の形を残して墓をつくるが、墓碑銘も命日も記されていず、そのうえ砂嵐が常時吹き荒れる土地だから、土饅頭ごとたちまち消え失せてしまう。親族の墓もむろんどこに在るのかわからなくなる。死はなにも特別なことではない。砂漠の子は砂漠に帰っただけのことだ」

 (自然から生まれた私は死んだら自然に帰ろうと思っている)。

 「クチャに近づくにつれ、若い女性が流行のおしゃれを愉しんでいる様子だった。衣服も派手で、きらびやか」

 

 「クチャは天山山脈の南麓、タリム盆地のど真ん中、タクラマカン砂漠の北側に位置している。川が集まるところだったがゆえに、繁栄をきわめた土地」

書評:ためいき色のブックレビュー-クチャ市場
  (クチャの市場)

 作者がこの旅に同行した子息は茶髪で、耳にはピアスをしている。現代っ子の典型で、団体行動であり、他人も一緒の旅だという事情を配慮するようなこともなく、ために親子喧嘩まで始めてしまい、その顛末まで克明に描いている。そうした作者の姿勢が本書の魅力の一つになっている。ただ、こういうオヤジを持ったら大変だなとは思う。

 「このあたりはかつて月氏という民族が支配していて、西方の品物や教典を中国に伝えていたが、五世紀に忽然と消えてしまった。東西南北に散りつつ、子孫らは今も周辺で自分の祖先が月氏であることも知らずに生きているだろう。一人の人間が人間として生まれなければならなかった使命があるとすれば、ひとつの民族にも、その民族としての使命があると考えるのが順当」

 翌日、スバシ故城に出向き、遺跡自体よりも、たまたま出遭った黄昏(たそがれ)と夕焼けに感動。なにせ、西域に入って初めて目にしたからだが、作者はシルクロードを「天だけが君臨するところ」と表現した。遺跡には関心を寄せていない。

書評:ためいき色のブックレビュー-スバシ故城の仏塔
   (スバシ故城の仏塔)

 羅什が大乗仏教を説いたところはキジルチ千仏洞であったという説があり、一行は翌日、そこに向かう。千仏洞には羅什のブロンズ像があった。外気温は43度。

書評:ためいき色のブックレビュー-鳩摩羅什像
  (鳩摩羅什の像)

 「本来、出家とは家族を含め、血縁とも別離することであった。日本ではいつのまにか、僧侶が色即是空などと勝手な理屈をつくって、妻帯するどころか妾まではべらせるようになった」

 (現代では、税を免れる立場で法外な所得を懐に、外車まで乗りまわすようになった)。

 「夜の11時、珍しくも、風雨が強くなったので、外に出ようとしたところ、ホテル内部も周辺も一斉に明かりが消え、暗闇と化した。雷鳴ははるかに聞こえるが、雷光は星がまばたくか、流れ星の程度」

 作者ら一行はすでに18日間、乾燥した荒地を移動、降雨を待ちわびていた。「雨が降ったら裸になって汗を流したい」とは全員の希望だった。

 発展途上国では、今でも、強風、豪雨のときなど、停電することが日常茶飯。

 


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