ひとたびはポプラに臥す(最終第六巻)/宮本輝著

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ひとたびはポプラに臥す

「ひとたびはポプラに臥す」(最終・第六巻)  宮本輝著
講談社より2002年4月15日  文庫化初版  ¥629+税

 本書の最終紀行には下の地図が参考になる。

地図

 作者一行はパキスタンのフンザ、桃源郷とも言われる土地のカリマバードというところに宿泊、周囲はディラン、ラカポシ、ウルタルという7千メートルを越す三つの峰に囲まれ、到着時刻が夜の7時半だったこともあり、集落は静謐のなか、豊かで平和な様相をみせ、さながら夢のように映った。

 作者は興奮を抑えきれぬかのように、「フンザは険悪なカラコルムの峰々のただなかに在って、楽園とか、花園とか、桃源郷とか、別世界とか、そういう陳腐な言葉では表現しきれないものを感じさせる。あえていうなら、それらをすべて併せもつ秘境というしかない」と語る。

 フンザを囲む山々
 (フンザの集落を囲む山々)

 井上靖の「フンザ渓谷の眠り」のなかの一篇が紹介されている。「あの渓谷の人々はいかなる人種か判っていない。ブルショ族と呼ばれているが、その正体は不明。往古のギリシャ人、アーリア系、トルコ系、チベット、モンゴル、漢民族、なにが入っていても不思議はない。言葉にしても特殊な言語を操っているが、おそらく今は消えてしまった北方遊牧民の言葉などを含め、すべてをミキサーにかけ、元の姿を失った言語ですらあり得る」と。

フンザの人々
 (フンザの人々)

 「西安以来、どれほど多くのことを考え、多くのものを感じ続けてきたことだろう。それらはすべて一瞬の火花のような、不連続なフラグメントで、ひとつの繋がりの系統的なものではないにせよ、脳味噌も心もほとんど休むということがなかった。眠っているときでさえ、とかく内部の奥に思考や夢や妄想の残滓があった」と、知人への手紙に書いた。

 「フンザが三つの高山が囲む三角形のなかの盆地状のところに存在し、宿泊したホテルが集落よりも高い位置に在ったため、夜になると、天空には何万光年の彼方から数々の星がまたたき、冠雪した山々は月光を浴びて輝き、眼下の家々の明かりはまるで井戸の底の水面に映った星々さながらに見え、そういう光景のなかで自分の体が逆さまになって銀河を見たような現実感に襲われた」と、その夜に経験した神秘を吐露しつつ、むかし北杜夫が書いた「どくとるマンボウ航海記」のしめくくりに、「われ信ず、荒唐無稽なるがゆえに」という言葉を紹介している。

 ディラン峰の北東に横たわるホーパル氷河を見る予定をたてていたが、土地のガイドの説明では、「小型ジープがやっと通れる吊橋の下にはヒスパー河の激流があり、落石はしばしば唐突に起こる」という。パキスタンまで無事に旅を続け、いまさら命の縮むような恐怖体験はしたくなかったのだが、ガイドの「氷河にはエメラルドがごろごろ落ちている」との言葉に、子息が目を輝かせ、「だったら、行こう」と作者の肩を揺する。子息がこの旅で、はじめて見せた意欲的な姿勢だった。

 仕方なく、ジープに乗ると、すぐに右側は絶壁という道に入り、運転手は危険地域にくると猛烈なスピードで走り抜け、減速し、道路状況を確かめてはまた走るという綱渡りさながらのドライブとなった。さらに進むと、ヒスパー河に架かる吊橋道路が現れ、Uターンの不可能な道幅で引き返すこともできず、同行者は左右に揺れるジープのパイプにしがみつきながら恐怖に耐えた。

 吊橋を渡りきると、石だらけの断崖の縁を登りはじめ、道は一層細くなり、路肩は絶え間なく崩れ落ちている。前方が急なカーブを描く道路の真上に、大きな岩石が落ちかかりそうなまま不思議なほどの危うい均衡を保って動かずに在る。そこに、前方から山羊の大群を連れた男がやってきた。

 車の脇は山羊が二頭ほどしか通過できない道幅であり、運転手は山羊を連れた男に「静かに通ってくれ」と頼んだのだが、山羊たちは行動の秩序を乱され、かえって慌てふためいて、ジープの横に突進し、なかには石壁を登ろうとする山羊もいる。氷河への同行に積極的だった子息もただただ沈黙。

 「山羊が地響きたてて通過していく様は私を絶望的な気分に陥らせ、ひたすら大群の通過するのを、頭上の巨石が落ちぬことを祈りなが待つしかなかった」。

 「山羊たちが去り、ジープが動きだしてカーブを曲がった瞬間、視界が開けたが、断崖絶壁はなお曲がりくねって果てることなく続いていた。いつのまにか、渓谷を縫って小さな村(ナガール)に入ると、そこに警備兵が駐屯するところがあり、氏名、国籍、パスポートナンバーを記入させられた」。

 「カラコルム山脈の、いったい幾つ在るか見当もつかない尖った峰の一つから突き出た物干し台のようなところに、ホーパル氷河はあった。フンザから35キロ、二時間を要した」。

 同行者のうち子息を含め三人がエメラルドを拾うべく200メートルほど下の氷河に降りていった。三人が帰還したのは40分ほどが過ぎたときで、かれらが拾得した石が本物かどうかはわからない。(パキスタンがエメラルドの産地とは聞いたことがない)。

ガーネットひろい
 (ホーパル氷河でエメラルドの原石を探す人たち)

 カフェテラスで昼食をとり、降雨のなか、フンザに帰還。生きて帰ってきたという実感とともに。

 フンザで2泊した後、ギルギットを目指して出発。「100キロの道程だが、使う道はカラコルム・ハイウェイ、途中には危険な箇所もあるし、楽しみもある」とガイド。「ギルギットにはガーネットが落ちている」との言葉に、子息の目が再び変わった。

 子息がギルギットで拾ってきた石はコールタールの塊のようなものだったが、子息はそれらの粒もホーバル氷河で拾ったエメラルドを含有するといわれる石とともに、大切そうにハンカチにくるみ、バッグに入れた。

ギルギット
 (ギルギット市中)

 ギルギットはパキスタン北部の首都、人口は3万人、四方の高山からの水の恵みでオアシスを形成している。地理的な位置は崑崙(こんろん)山脈の南西、ヒマラヤ山脈の北西、カラコルム山系とも繋がっている。この首都からは標高8、125メートルのナンガバルバット峰が望見できる。ここには病院も、銀行も、警察も、映画館も、空港も、刑務所もあるが、人々の容貌はフンザの人々に比べ、険しいものがあった。

ナンガバルバット
 (ナンガバルバット峰の頂き)

 「ギルギットで体を売ってマリファナを手にするのは、日本女性がいちばん多い」という言葉には愚弄されているような気持ちになった。

 「並外れて、あることが好きだ」ということが、「すでに才能なのだ」と作者は強調する。「欲望がまずあり、そこに向上心、名誉心、学ぼうとする謙虚さ、さらには他者のためをも含んで動き出すとすれば、人間はなんと豊かで、多くの可能性に満ちた生き物であろうか。しかも、置かれた環境によっても相乗効果が期待できる」

 翌日、ギルギットを発ち、チラスに向かうと、道はすぐ断崖絶壁に変化、気温は上昇、ギルギット河はインダス河と合流。

 チラスは街道沿いの閑散とした村。農民の顔には険があり、目も鋭い。チラスはゴビの気温42度を超え、48度と強烈な熱暑が襲う。外では巨木の下に身を置かないと、体も頭もハンマーで殴られたような状態に陥る。さらに、チラス蝿という毒性の強い蝿がいて、噛まれると、人によっては死に至ることがあるという。ホテルの部屋には網戸がしっかり張られていた。

 作者の思索が唐突にぶつけられる。「半世紀、一世紀、一千年、二千年という単位の視野で人類の未来を見るとき、現在どこの国が何をやっていようと、何に力を入れていようと、それらは一瞬の歴史の一頁であり、それに対する評価は後世の人間にまかせるしかない。いま大きな問題として世界を席巻している課題も、遠い将来、たった一行の史実として残るだけかも知れない。権力や主義が一時的に民衆を蹂躙することはあっても、最後には必ず民衆のほうが強いことを我々は歴史から学んでいる」と。

 「夜中の二時を過ぎると、夜空にうねる銀河は一層近くまで迫ってきて、もはや、それは天空ではなく、私たちを取り巻く世界全体と化し、宇宙の坩堝のただなかを漂うような気分に陥った」

 「ぺシャムに向けて車を走らせると、インダス河に沿ったところに二つの村落があったが、いずれの村人も表情の厳しい男たちが笑顔さえ浮かべず、私たちを睨みつけていた」。

 (この旅で出遭う人間たちの目は一様に険悪で、一行は至るとろこで睨まれる)。

カブール河とインダス合流
 (インダス河)

 「ぺシャムからシャングリラ峠へは急峻な山肌に樹木が逞しく育ち、緑深い道。降雨もあって、気温が下がり、私たちは再びセーターを着た」。

 チラスからトータル12時間をかけ、車に揺られ、サイドシャリフの宿泊予定ホテルに到着。

 部屋に入ってしばらくしたとき、作者は突然、体の不調を感ずる。

 虚脱感、倦怠感、指一本動かすのにさえ苦痛を感じるほどの疲労、それらがいちどきに全身に襲いかかった。「旅が終わりに近づいて、やれやれという思いが辛うじて自分を支えていた精神力、神経を萎えさせたのかも知れない」と作者は解釈する。微熱があり、下痢がはじまり、なんどもトイレに駆け込んだが、腹が痛いということはなかった。

 「サイドシャリフからは、180キロの道程で、ペシャワールに向かう。午後1時半に到着するなり、突然私たちは群集の坩堝のなかに包まれていた。ペシャワールとは国境の街との意味だが、ここから僅か18キロのところから58キロの地点までをカイバル峠と総称し、カイバル峠の向こうはアフガニスタン。この街には難民が多く、多種の民族、タジク、トルクメン、パターンなどが住み、他の主要都市とは趣きを異にしている」。

 「ペシャワール博物館に、苦行中の釈迦の痩せさらばえ、ほとんど骸骨と化した坐像があり、三つに分断されて陳列されていた。両腕はなく、首と腹部のところが折れ、腕がもがれた部分に、二つに縦に割れた跡が見える」

 その夜、作者は医師から死を告げられる夢をみる。初めは冷静だったが、不意に恐怖に怯え、身の置きどころのない、ぶざまな動揺と、それに伴う狼狽や悪あがきに似たうろたえが胸を覆う。死が怖いというより、生から死への瞬間に、なにが自分を待ちうけているのかに惧れを感ずる。だれも一緒に、その境を越えてはくれないという意識。

 目が醒めたあと、作者はしばらく起き上がることもできず、夢の余韻のなかに漂い、暫時の後、ベッドに腰をかけ粛然と首を垂れる。ぶざまにうろたえ、怯え、恐怖におののいた自分というものについて考え続ける。

 早朝、ペシャワールを発ち、旅の最後に宿泊予定の街、イスラマバードに向けアジアハイウェイを走り続けながら、車中でも夢の残滓が脳裏を去来していた。

 以上で、最終、第六巻の紹介を終えるが、総評を次ぎのブログに記すこととする。


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