ふたたび、ここから/池上正樹著

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「ふたたび、ここから」 副題:東日本大震災・石巻の人たちの50日間
池上正樹(1962年生/フリージャーナリスト)著
帯広告:果てしない悲しみの大地に新しい心で立ち上がる人々がいた
2011年6月6日 ポプラ社より単行本初版 ¥1500+税

 

 この時期に、この類の書籍に接することには、なんとなく、気が引けるものがあって、もうしばらくタイミングを計った上でなどと思っていたところに、知己が「これを読んでみてください」と言って、届けてくれ、「それならば」という気持ちになった。

 著者は石巻市内に取材の相手先を絞っているので、被災が広い地域にまたがっている現実が読者に混乱を与えかねない可能性を排除しており、ために、内容は解りやすいし、ついていきやすい。

 ただ、多くの場面で、3月11日以来、TVの流す映像を目撃したために、本書で語られたり、写真で示されたりする映像がダブったり、脳裏で錯綜(さくそう)したりは免れない。

 とはいえ、登場する被災者と同じように意外であり衝撃だったのは、「海からの津波では、津波と一緒に内陸に押し寄せた火災だった」というところで、多くの船や自動車のガソリンが津波の餌食となったために炎上する憂き目に陥ったわけだが、確かにこうした絵面はこれまでの津波の景色からは想像しにくく、火を運ぶ津波の映像には私も目を剥いた。

(後日になって判ったことだが、火災を誘発させたそもそもの犯人は工業用のタンクに備蓄された重油だったらしい。重油が海面を覆い、そこに東北地方に多く使われているプロパンガスが破裂し、金属などがこすれて発火、いっぺんに燃え広がり、そこに自動車や船が破壊されてはガソリンが漏れるという事態が加わったということだ。考えてみるまでもなく、これらはすべていわば文明の利器である。すべて江戸時代にはなかったものだ)。

 紹介したい文章がある。牡鹿半島に居住している人の目撃談。曰く、「大きな揺れがあって15分も経っていなかったが、突然、目の前の海が一気に300メートルほども引いてしまい、その後、向こうに水の壁が立ち上がり、また一気に押し寄せてきた」と。

 現場でじかに津波を目にした話がもつ迫力といっていいだろう。

 牡鹿半島は被災後しばらく陸の孤島と化し、交通網も寸断され、しばらくは食料飲料の取得に苦労したという。通信も文明の利器であるはずの携帯電話がなんの役にも立たず、ラジオだけが情報収集の手段となった。このことは被災地のほとんどに共通した情報を収集する上での隘路(あいろ)になったであろう。

 石巻赤十字病院の話によると、「救急車の大半は流されてしまい、救急患者を運んでこれない。自衛隊のヘリがその役を担い始めたのは少し経ってからだった。病院では救急で運ばれてくる人に対し、トリアージ(症状の深刻さの具合によって診察の順番を決める行為をいう)がなされ、助かりそうもない人は後回しにされる。

 陽気が暖かくなるにつれて、街を覆う腐臭はますます鼻をつくようになり、パサパサに乾ききったヘドロが黄土色の粉塵となって舞っている。

(こうした景色が被災後50日以内に起こっていたことを本書によって知ったが、最近のTV映像では腐敗した魚類に群がる無数の蝿を見せられている。こういうものを野放しにしておくと、伝染病の引き金にもなる。政府、自治体、行政はいずれも対応が遅すぎる。それはちょうど義捐金が本来あるべき速度をもって届けられるべきところに届いていない不手際に相似)。

 本書では触れていないが、被災地には窃盗、盗難が途切れることなく、なかには放火までされている家屋がある。ATMだけでも監視カメラが壊れていることもあって、いたるところが盗難に遭い、6億円以上が失われている一方、検挙されたのはたったの1件だけと仄聞(そくぶん)する。ボランティアと称して被災地に入り、窃盗をくりかえすヤカラもいるし、被災者を相手に詐欺を働く人間もいる。

 人間は自らが文明の利器を創り、創った利器のさらに機能的に優れた利器を工夫するという、「さらに」「さらに」を永遠に継続する生きものであり、途中でやめることができない。

 ただ、利器が利器を生んでいく過程のなかで、とことん先には、そうと目論んだわけではないけれども、ひょっとして人類を破滅に導く利器を創ってしまう可能性も否定できない。その一つが原子爆弾であり、もう一つが原子力発電所である可能性も否定しきれない。発電所としてなら、巨大なダムも大地震で決壊する可能性を秘めている以上、同じ範疇(はんちゅう)に括れるだろう。

 生まれ育った土地で築いてきた仕事を立て直すことに注力している人の姿は清々しい。本書が纏めている震災後50日以内にも、はやくも復興を目指して立ち上がった人々が、たとえ僅かであっても、存在したことは素晴らしいことであり、その郷土愛に敬意を抱いた。

 被災地には解雇があり、企業倒産が相次ぎ、働ける人は(例外もあるが)僅かである。被災地の外に出れば、それなりに仕事が見つかる可能性はあるが、将来ともに被災地を出ることになれば、この国の少子高齢化は加速度的に進むだろう。

 こうした諸々にどう対応していくのか、現政権に任せておいて大丈夫なのか。

 こうした時期に国のリーダーがあの男という事実は、国民にとって大いなる不幸というしかない。

 最後に、「災害は忘れた頃にやってくる」とは、昔からこの国に伝えられてきた俚諺。マグニチュード9.0という「連動地震」も15メートルを越える「大津波」も広範囲にわたる「液状化」も大規模な「地盤のずれ」も、どれもが想定外だといわれるが、大災害の爪跡はこの国のあちこちに残されているし、記録にもある。「忘れた頃」とは数百年後かも知れないし、一千年後かも知れない。

 書評という以上に震災に関しての私見を述べることになった。


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