へんな虫はすごい虫/安富和男著

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へんな虫はすごい虫

「へんな虫はすごい虫」 安富和男(1924年生)著
講談社ブルーバックス  1995年初版

 結論からいって、虫や動物の好きな人には非常に面白い本。

 著者は昆虫の専門家で、農学博士、根っから昆虫好きで、世界中を飛び回ってきた履歴が透けて見えるほど。

 たとえば、我々が子共のころ、アリが白い卵状のものをかかえて行列をつくっているのを見、「これはアリの引越しだ」と思ったことがあるが、著者も同じ思い出があるらしく、後年調べたところによれば、このアリはサムライアリと称するアリで、引越しではなく、他のアリの巣から繭を盗み、これを奴隷にするための行動だという。

 さらに、シロアリは古生代に現れたゴキブリに近い種で、普通のアリは中生代の終わりに現れた膜翅目(まくじもく)、蜂の仲間で別種だが、女王アリを中心に社会生活を営む点は同じ。シロアリの女王の体内は卵だらけで、体長は10センチにおよび、寿命は100年というからすごい。ライオンが30年、カゲロウが1日、ショウジョウバエが2週間、モンシロチョウが50日、カブトムシが130日しかないというのに。

 また、アフリカのサハラギンアリは気温45-50℃になると天敵のトカゲが外に出てこなくなるため、と同時に、50℃を越えると自分に死が訪れるため、その微妙な時間、約4分間だけ餌を求めて熱い地表を歩く。

 アリ地獄にいるのはウスバカゲロウの幼虫で、落ちてきたアリを這い上がれないように、砂を飛ばして、鉢状の底まで引き落とし、強い顎で喰いつき、体液を吸いとる生活をする。成長すると、繭をつくり、羽化して成虫となり、このとき初めて排泄をする。糞と尿の混ざった宿便だが、2-3年にわたって排泄をしないでいられるのは奇異というしかない。

 アフリカのユスリカは乾燥の厳しい環境でしぶとく生きる。乾燥期、ユスリカの幼虫は地中に潜り、ミイラのように縮んだ姿で降雨を何か月もひたすら待つ。慈雨に恵まれると、這い上がって、本来の姿に戻り、発育する。ユスリカは乾燥に強いだけでなく、零下270℃の低温にも耐える。

 「日本の本州が分断されていた時代があった」との話には思わず唸ってしまった。曰く「2600万年前、新生代第三紀の中新生に大規模な激しい断層運動が頻繁にくりかえされ、それに伴って大陥没が起こり、本州を東と西に分断する大地溝帯になった。現在の地名でいえば、日本海側の糸魚川から姫川、諏訪湖西側、釜無川、静岡を結ぶもので、この期間に東西が隔離されたため、昆虫種に分化の機会をもたらした。ゲンジボタルのオスの繁殖期の発光が今でも東で二秒に一度が、西では四秒に一度であることは、いわば光の方言。蛍の発光はオス、メス、幼虫、成虫で違い、連続発光する種も存在する。光は熱をもたず、60ナノメートルの波長で『冷光』と呼ばれ、風にも水にも影響を受けない。

 (東西に分断されていた地点が現在の地溝帯、いわゆる活断層になったのでは?)

 清少納言の「枕草子」に「みのむし、いとあはれなり、鬼の生みたれば・・・」「風の音を聞き知りて、八月(はづき)ばかりになれば、ちちよちちよとはかなげに鳴く、いみじゅうあはれなり」とあり、さらに芭蕉の句に、「蓑虫の音聞きに来よ、草の庵」とあるが、蓑虫は鳴くことはないから、コオロギの鳴き声と間違えたのであろう。また、昔は蓑虫を「鬼の子」とも言った。

 クモの仲間、日本のカバキコマチグモは毒クモだが、体長は1-1・5センチ、交尾がすむとオスクモは行方不明となるが、母クモは卵や羽化した幼虫を守るように動かない。脱皮を終えた幼体は母親の体に集まり、一斉に母親を食べはじめる。母親はわが身を餌として提供し、従容として死につく。子供たちに体液を吸われた母親グモは30分くらいで息を引き取り、哀れな姿となる。子共らはなおやめようとせず、食べ続け、半日後にはキチン質の残骸だけが残る。子供たちは母のもつ毒腺の毒にもあたらずに成長する。

 ヤスデには身を守るために黄褐色の液体を各体面の分泌腺から放出。この液体は防御物質で、特有の刺激臭がある。含まれている成分はベンズルアルデヒドキノン類、フェノール酸と猛毒の青酸。熱帯に成長するヤスデは体長20センチに達する。

 昆虫のジャンプ能力:

 トノサマバッタ:75センチ
 エンマコオロギ:60センチ
 バッタ幼虫:50センチ
 ノミ、ツノゼミ:30センチ
 ノミハムシ:25センチ
 ノミ:20センチ

 だが、体長との対比でいえば、200倍を飛ぶノミがナンバーワン。

 1953年、四国瀬戸内の海岸で蝿の大群が産業廃棄物処理場に飛来、集団自殺を遂げたという珍事が起こった。蝿の種類はハマベバエで、普段は打ち上げられた海草などを食べて育つ。この蝿を誘引した物質の正体は殺虫剤工場が棄てたBHCの残滓で、それには殺虫力の強いガンマーBHCも残存していて、他の近縁化合物も含まれていた。蝿たちは最も怖い物質に、それと知らずに誘引され、集団で飛び込んだのだった。

 トラック島のミドリチッチゼミはチリッ、チリッと優雅に鳴くが、必ず夕方の5時56分で(1週間での誤差は4分)、沖縄のクロイワゼミは夜の7時15分から30分間だけ鳴く。いずれも、時計代わりにできる。

 (日本のヒグラシゼミ鳴き声は「カナカナカナ」と、寂しげで、時間が決まって夕方だが、時間が決まっているかどうかは知らない)。

 蚊に好かれる人と好かれない人がいる。実験によると、血液型がO型の人が一番攻撃された。アルコールを飲むと体温が上昇、二酸化炭素の放出量が増えて、蚊を誘引する。(私がバリ島にいたとき、ジンバラン(デンパサール市内)の浜辺に「イカン・バカール」と称する魚介類を焼いて料理する夜店が並ぶのだが、蚊は現地人ではなく外国人の肌を刺す傾向が強かった。現地人の血は飽きているのかと思った)。

 日本脳炎を媒介する蚊、コガタアカイエカは戦後絶滅したと思っていたら、1981年頃から殺虫剤が効かない同種の蚊が増えてきた。殺虫剤を克服した僅かな蚊が世代を積むことで段々に増え、進化を遂げたもの。別の殺虫剤を工夫することになったが、いずれ再び、それをも克服して進化を遂げる同種の蚊が出現するであろう。

 (沖縄にある米軍基地の兵士がアメリカ人医師の知らない病気になって処方に苦慮したことがあるが、それこそ日本脳炎だった)。

 などなど、上記は本書のほんの一部だが、面白い話が、それこそアリの行列のように語られ、読み手を飽きさせない。

 昆虫は明らかに人類よりはるかに長い年月を地球上で暮らしている。また、その種も他のどの生物よりも多く、全動物の70%を占め、総数は人口の10億倍。昆虫は大脳を発達させる代わりに感覚器官を著しく発達させた。

 それぞれの昆虫が多くの艱難に遭いながら、生きる道を模索して今日見られるような進化の果てに存在するのだと思えば、その生き様に感動を禁じえないし、このような生態系が今後も保たれるならば、それは人類自身の安全にも直接的に繋がることを示唆する。


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