やせれば美人/高橋秀実著

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やせれば美人

「やせれば美人」 高橋秀実(1961年生)著
2005年 アスペクトより「センチメンタル・ダイエット」との題名で刊行
2008年9月1日 新潮社より文庫化初版 ¥400+税

 

 「わたしの妻はデブである。身長は158センチ、体重は80キロ」

 出だし早々、胸に突き刺さるような言葉がぶつけられ、一気読みさせられる。

 作者はノンフィクション作家だから、妻のダイエットに協力する内容は事実に基づいていると思われる。

 妻は口をとがらせて「目が覚めたら痩せていたという具合にダイエットしたい」という、つまりは「努力せずに痩せたい」との言葉や態度に作者が翻弄され、納得させられる展開にも真実味があり、読み手に溜息を誘う。

 作者の妻への協力は、カロリー計算に始まり、栄養学、生化学、はてはドイツの物理学者、ヘルムホルツの「エネルギー保存の法則」まで引っ張り出すが、妻の姿勢に変化の兆しは見えない。ダイエットに成功した色んな人に会って具体的手法を聞くが、成功者の話には必ず禁止事項があり、それが抑圧感を招きストレスになる。

 読み手としては、昨今のダイエットブームへの痛烈な風刺が込められていることに遅まきながら気づかされる。

 「人類はなぜ肥満に苦闘するのか?」とは先進諸国に共通する疑問符。本書に、アメリカには肥満者の地位向上協会があり、社会の偏見に直面している肥満者の尊厳を守っているとの紹介があるが、アメリカの肥満者のレベルは半端ではなく、デブカップルが手をつないで歩いたら、道路をふさいでしまうほどであることを作者は知らないように思われる。だいたい、アメリカのデブの肥満度はその他諸国の肥満度に比べ、桁が違う。原因は間違いなく牛肉の食いすぎだろう。

 また、原始時代から人類は生きるために食料を得るための労働が生活のほぼすべてを占めており、そういう時間が長く続いたため、食べるという欲求に歯止めがかかるような遺伝子が醸成されなかった。つまり、肥満を抑制するなどという贅沢な配慮の入り込む余地はなかったというのが定説、ダイエットはきわめて最近の問題。

 「努力には美がない」とは妻が最終的に投げつけた言葉。解説者は「こういう実も蓋もないことをすっと言ってしまう女の人が好きだ」と賛美するが、こういう親をもった子供はどう反応するだろうか?


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