わが悲しき娼婦たちの思い出/G・ガルシア・マスケス著

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「わが悲しき娼婦たちの思い出」
原題:Memoria de mis putas tristes
G.ガルシア・マルケス(Gabriel Garcia Marquez)著
木村栄一訳  新潮社単行本2006年9月初版

 

 著者はカリブ人とイタリア人のハーフ

 作品は作者77歳時の執筆によるもので、川端康成の「眠れる美女」に触発されたという。

 舞台は中南米だが、どこの街どころか、どこの国かすら明示されぬまま物語は紡がれる。

 主人公は独身を貫いてきた男。「90歳の誕生日を、うら若い処女を狂ったように愛して祝いたい」との言葉からストーリーははじまるが、置屋(おきや)の女将に相手探しを頼んで出かけていくと、娘はまだ14歳という、恥毛は生えはじめたばかり、乳房も出はじめたばかりでほとんど少年と変わらぬ体つき。しかも、睡眠薬を飲まされ死体さながらに寝ているという設定。そして、朝まで触れもしないで、別れ、以後、ときどき置屋を訪ねてはベッドを共にする。いずれに対しても、合点のいかない思いが残る。

 場所が不明なままであることは読み手としてはどっちつかずの苛々が恒常的についてまわり、一口に中南米といっても北米大陸と同じくらい広い。

 娘に関する記述は書道でいう薄墨でさらっと触れたような実態感のない存在に徹して書いたのは意図的な手法で、それはそれなりに成功している。

 解説では、「作者は現実をどこまで撓(たわ)め、歪(ゆが)めることができるか、そして、真実らしくみえる限界はどのあたりかを見極めつつ書く。限界は意外に広い」と言っている。

 本書にエロは感じない。むしろ、老人の適わぬ夢、若返り、あるいは回春を期して書かれた著作という印象。

 少なくとも、触発された川端作品の底流にある花鳥風月的なデリカシーとは無縁の作品に思える。川端の描く女も芸者や娼婦が多いとはいえ、描かれる女には品の良さ、慎ましさ、楚々たるイメージがあり、本書が舞台とする中南米では、そうした相似を期待することそのものに無理があることは判っているが、それにしても川端作品から触発された動機が把握できず、理解に苦しむ。


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