われ万死に値す ドキュメント竹下登/岩瀬達哉著

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われ万死に値す
「われ万死に値す」 副題:ドキュメント竹下登
岩瀬達哉 (1955年生)著
1999年 新潮社より単行本として初出
新潮文庫 2002年3月初文庫化初版

 
 はっきり言って、「読むのではなかった」と思ったほど、低劣にして愚劣な人間像に触れた思いが残った。

 人間社会への固執度の違い、あるいは差というべきか、少なくとも私にとって、本書の主人公ほど学ぶべき何ものもないという人間は珍しく、佐藤栄作、田中角栄同様、むしろ、戦後の日本が生んだ奇形的な珍奇動物としての印象しか脳裡には残らなかった。

 権力へのこだわりは歴史のなかで多くの欲深き人間による具体的な例が数多く残っており、逆説的な言い方をすれば、強欲はごくありふれた人間の姿の一面でしかなく、このような男たちは過去にゴマンと存在したということで、竹下が格別例外的な人物ということではない。

 佐藤栄作は「船舶業界に有利な法案変更をし、その見返りとして党資金の名目で2、000万円を受けとったうえ、個人的にも200万円のギフトチェックを受け取っている。昭和28年の200万円といえば、おそらく、サラリーマンの給料が3、000円前後だった時代、逮捕寸前まで追い込まれたとはいえ、現在なら必ず逮捕されていたであろう。

 竹下は衆議院議員当確後、早くも「悪の代名詞」ともいうべき佐藤を領袖に選んだ。そこには竹下独特の人間への評価と、自らの将来性を賭けてみる価値を洞察していた。

 田中角栄はロッキードで思わぬ疑惑を指摘され、警察の介入するところとになり、手首に手錠が回った唯一の日本首相という不名誉な結果を導いた。(その娘が言いたい放題で、その娘を県民がなお選ぶという神経も不可解。民度が低いということより、常に「地元意識」というものがついて回るからだろう。政治家は本来国のために働くべき職責があるのだが。

 竹下登はそのタイミングを狙ったかのように、創政界を旗揚げ、四十数人集まった田中派議員に金まで配って、「派中の派」ともいうべき竹下派をつくり、かつての田中にとって腹心の部下だった小沢までが竹下派の一員になっていたことに田中はショックを受けたという。このことが田中の寿命を縮めたという説まである。田中の寿命の長短などは歴史とは関係ないし、いわんや、私にはどうでもいいことである。ただ、小沢という男の卑劣さは知っておいたほうがいい。

 田中、竹下と続いた政権はいずれも金権政治にほかならず、いずれにも共通した部分が多々ある。国民の税金を投票田である地元へ、公共事業という隠れ蓑を活用しつつ、地元に金をばらまき、バックアップし、ゆるぎない地盤を創造する。竹下は最終的には暴力団の力を借りてまで首相の座を狙い、あげくリクルート事件、佐川急便疑惑と二つの大きな疑惑を生み、腹心の金庫番である青木を自死に追いやっている。

 皇民党による有名な「ホメ殺し」街宣活動によって、首相としての任期は意外に短期間で終わり、しかも、後継者として選んだのが、女への配慮が足りず蜂の一刺しでもろくも首相の座を追われた宇野や、それを引き継いだだけという無能の海部。その後の宮澤喜一、細川護煕、羽田孜、また社会党と連立したとき村田を押したのも竹下であり、そのあとの橋本竜太郎、小渕恵三も竹下直系。参議院の議長、青木も、先年議員辞職した野中も竹下系列。首相の座を降りた後も、己の隠然たる影響力を残そうとの魂胆が透けて見えるだけでなく、竹下に身を寄せた人物の誰もがレベルの低さを露呈している。

 竹下には初婚のころから、はじめの妻には、父親の干渉があったらしく自殺するという不幸に遭い、二番目の妻の生んだ長女は竹下との肉体的接触時点から考えて計算が合わないといわれ、その子も父親の子ではないかという疑惑がある。そういう状況のなかで、父親との葛藤、確執もあったが、耐えることで、大きなものを手にしようという独特の辛抱強さと酷薄さが備わったといわれるが、いずれにせよ、現実の政治は佐藤、田中、竹下といずれも金権政治であり、こういう政治家を首相に頂いた日本国民の不幸と、と同時に、国民自身の不明を表出するものだ。

 竹下個人の個人史よりも、私は戦後の日本が抱えた一党独裁を長く続かせた日本国民の愚かさを反省すべきだと思うし、日本の政治家が日本全体のことを考える政治家ではなく、票田である地元のことしか考えない狭隘な精神の持ち主であること、国会とは名ばかりで、各地を代表する人間らによる税金の分捕り合戦に過ぎない感を抑えきれない。この問題は、あるいは、将来の日本にとって、大きな隘路にもなりかねない。

 解決策の一つとして私が提案したいのは、以前にも触れたと思うが、市町村の合併ではなく複数の県同士の合併。こんな狭い土地に1都1道、2府、43県が存在すること自体が問題であり、参議院などは全くの不要機関。

 国民の税金を使って、議員のマンションを東京の一等地に建設する神経、一方で、介護レベル5という状態に苦しむ要介護老人を強制退院させ、年金ではとうてい払いきれない介護料金を払わせようという法案の提出などは「死ね」と言っている同然。

 国民には忍従を強い、てめぇたちはのうのうと税金を使い、会合にはバカ高い料亭を使い、アメリカからの指示があれば世界のどこにでも金をばらまく、そういう古い頭の政治家をいまや日本は必要としていない。というより、そういう政治家に国民は一体感がもてない。

 金丸の腰巾着となり、ボスだった田中を足蹴にして竹下派に走った、現民主党の小沢代表はイメージが悪すぎる。この男に日本の国政を任せるなどはもってのほかというしかない。


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