アインシュタインの宿題/福江純著

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「アインシュタインの宿題」 福江純著
光文社知恵の森文庫 2003年9月文庫化初版

 

 アインシュタインが残したものは以下。

1. 光速度不変の原理(有限の原理)

2. M=mc2 (エネルギーは質量と等価)

3. ブラックホールの存在

4. 時空は曲がっている。光も質量のそばを通過するときは曲がる。

5. 量子力学では物事は確率的かつ離散的に生ずる。

6. 物質は宇宙全体に均にして一様に分布。等方性の仮定。これまでの観測でこの仮説に反する事実はない。

7. 宇宙は、太陽を含め、どの恒星も安定的に核融合を行い、暗黒の宇宙を照らしている。

 光速の有限を立証したのは、デンマークのオーレ・レーマ(1675年)で、木星の周囲にある多数の衛星のうち当時、ガリレオはイオ、エウロパ、カリスト、ガニメデの四大衛星は知っていた。地球と木星の公転面も四大衛星の公転面もほぼ地球の公転面と同じ平面にあるため、「食」を起こしたとき、これを観測することで時間にずれが起こることがわかり、光速の有限を立証できた。

 また、電磁波の伝導する速度と光速が一致することを1865年、イギリスのマクスウェルが発見、また光の伝導に媒質が不要であることも発見した。媒質とは「エーテル」のことで、それまでは波なら水、音なら空気といった媒質が必要だから、光にもそれなりの媒質が必要だと考えられていて、「エ-テル」は媒質の仮の名。

 ニュートンが万有引力を考えついたのは23歳時、アインシュタインが相対性理論を考えたのが26歳時である。

 「ブラックホール」の命名者はジョイ・ホイラー、またトップスターは「白鳥座のメー1」

 2世紀にプトレマイオスが天動説を発表して以来、キリスト教の教義と相俟って西欧を支配、16世紀、1543年に至って、コペルニクスが地動説を提唱したときは時代を反映して、宗教界に混乱をもたらした。それでも、ケプラーは「周軌道は楕円であること」を、1632年、ガリレオ・ガリレイは「天体の運動法則」を出版、ニュートンは1687年「プリンピキア」(万有引力の法則)を発表し、1905年にアインシュタインが「相対性理論」を発表するまで、ニュートンの力学は不動だった。ちなみに、ガリレオは教会によって以後軟禁状態に置かれる。

 今後は「ブラックホール」の正体、行く末、さらに、ビッグバン説、宇宙の膨張が縮小に転ずるか否かなど、天文学は目が離せない。


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