アメリカの鏡・日本/ヘレン・ミアーズ著

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アメリカの鏡

「アメリカの鏡・日本」 ヘレン・ミアーズ(1900-1989/アメリカ人女性)著
帯広告:何が日本を勝てない戦争に追い込んだのか
原題:Mirror For Americans・Japan
訳者:伊藤延司
角川ONEテーマ21 2005年6月初版

 

 作者は1920年代から日米が開戦に至る直前まで二度にわたって中国と日本を訪れ、滞在、東洋学を研究。戦争中はミシガン大学、ノースウエスタン大学などで日本社会について講義した。1946年(戦後1年目)に連合国最高司令官総司令部の諮問機関「労働諮問委員会」のメンバーとして来日、戦後日本の労働基本法の策定に携わった。

 アメリカ人にこれほど日本、中国に詳しく、太平洋戦争に突き進んだ日本の真意や背景、当時の欧米列強の思惑などに関して、的を得た鋭い洞察を披瀝してみせた女性を知らない。

 本書は1948年にアメリカで出版された後、作者は来日した折りに、ときの司令長官、マッカーサーに日本語に翻訳して出版したいとの要請をしたところ、本を読み終えたマッカーサーは即座に「NO」と答えたという、曰くつきの本。

 太平洋戦争に関する書籍にはかなり接しているが、本書ほど偏りがなく、そのうえに、当時の中国を食い物にする列強全体の在り様や相互のパワーバランス、日本がそういう渦中のなかでどのように行動したか、そしてなぜ戦争に突入せざるを得なかったかを豊富な資料と東洋に関する個人的知識をベースに徹底して公平な姿勢を保ちつつ、透徹した目で分析、明快な論理を展開している。

 文章に抵抗感がないだけでなく、これがアメリカ人の著作かと思うほど、読みやすく、かつ読みごたえがある。

 訳者が「あとがき」の一行目で「この本に出遭えたのは、まったくの僥倖(ぎょうこう)である」と本音を露わにしているが、私にとっても幸運の一語といっていい。本書に私が出遭えたのは、バージニアに住む元同僚から「探して送って欲しい」と言われたことに、きっかけがあった。

 「アメリカの鏡・日本」というタイトルは、近代日本は西欧がつくりだした鏡であり、そこに映っているのは自分自身であり、近代日本が起こした戦争の罪は、それを裁いた連合国自身の罪でもあり、GHQに日本を裁く権利はないと言い切っている。列強の一員として、自己批判に徹していると言い換えてもよい。

 ペリーに門戸を開かされたあと、明治政府は日本人的勤勉さで、欧米に多くのエリートを送り、迅速に欧米社会、政治、経済、階級、教育、警察、軍隊などを視察させ、文字通り迅速に真似て追随した。その間には、多額の報酬を支払い、多くの欧米人専門家を招聘し、教えを請いもした。日本は、いわば、欧米列強にとって優等生でもあったが、日本政府が欧米の動きをから学んだのは、人道主義、民主主義を主唱する裏側に軍事による力学、法的擬制と権益確保という二枚舌が隠れ、弱小国を侵略し、収奪する姿であった。

 日清戦争に勝ち、欧米諸国がよもやと思った日露戦争にも勝ち、第一次大戦で欧米が賞賛したほどの働き(地中海まで艦船を覇権、連合国の船団の護送を行ない、ドイツの持つ南太平洋の散る植民地の島々をあっという間に侵攻、支配した)をみせつつ、自らの軍需産業を潤わせ、ついには列強が居並ぶ会議に一席をもらう立場になった。かれらのやり方を几帳面に踏襲しつつ、ついには韓国を併合し、満州に侵入したが、手法は必ずイギリスの指示通り「条約を結ぶ」という欧米の手法に倣い、日本としては列強からクレームをつけられる謂れはないとの判断をしていた。

 (欧米の列強は日本がやったことよりはるかに酷い仕打ちを中国のみならず、世界中でやっていたのだから)。

 満州に日本が存在することは、共産化したロシアの南下を食い止める役を引き受けることにもなり、事実、列強のなかには、日本の満州経営を評価した国すらある。

 現実問題として、戦後、アメリカにとってロシアは仮想敵国となり、長期にわたる冷戦状態が続いた。日本に満州での権益を与えておけば、朝鮮戦争すら起こらなかったのではないかとの推論は成り立つ。

 (アメリカが日本に対し経済封鎖という挙に出た裏には満州鉄道敷設への関心があったからだという説もある)。

 ところが、日華事変、満州事変の後、イギリス、アメリカが態度を豹変させ、日本の動きを非難した。

 中国に群がる欧米諸国には、口で言う「中国領土の保全」などということを本気で考えている国はなく、中国領土保全に関する条約を交わしながら、現実には9か国のほとんどが中国の大都会に大租界をもち、軍隊を駐留させ、河川や海には自国の砲艦を遊弋させ、治外法権と特権とを主張していた。

 国際関係のルールとは暴力と貪欲を合法化したものに過ぎないことを日本は学んでいたから、そのルールに沿って実践してきたにすぎない。

 (米英の態度の変化には日本が列強に肩を並べたことで、それまでの黄色人種への蔑視から「黄禍論」に転じたのではないかと私は思っている。第一次大戦終了後の国際会議で、日本は黄色人種に対する差別、蔑視をあらためるよう発言したが、一蹴されたという史実がある)。

 にも拘わらず、唐突に、英米から経済封鎖を受け、資源に恵まれないばかりか経済を貿易に依存していた日本としては、この辛辣な挙にどう対応すべきか悩んだ末、開戦を決意するに至ったが、決意させられたと言ったほうが正鵠(せいこく)を得た表現であろう。あたかも導かれたようにパールハーバーの攻撃からシンガポールまで兵士を送り込み、インドネシアのスラバヤ港沖ではオーストラリア、イギリス、アメリカ、オランダの艦隊を簡単に駆逐し、東南アジアから戦争に必要な鉄、石油、ゴムを調達すべく奔走した。

 作者は「日本を敗戦に追い込むのに、爆撃は不要、いわんや原子爆弾など落とす必要は全くなかった。資源のない日本は、輸送路、補給路を断つだけで、自然死する運命にあり、「ヤルタで不可侵条約が切れるまで、戦争を終わらせないでくれというスターリンの要請を受け、原子爆弾を落とした」という言葉が真実だとすれば、「これは違法である」と作者は断言する。

 終戦直後に来日した連合国の諮問委員会のメンバーは日本国土のあまりのひどさ、国民の飢餓寸前という悲惨さに驚愕を隠せなかったという。

 ポツダム宣言受諾後のGHQの過酷な戦犯への対応が全うなものだったかどうかにも疑問を呈し、「極東裁判は列強自らの支配体制を維持せんとの大国の我欲でしかない.。日本国民と文明の抑圧であり、戦争の合法的行為、賠償行為の常識をはるかに超えた、圧倒的スケールの懲罰と拘束であり、日本国民全体を罰するアメリカの権利基盤はきわめて脆弱である」と辛辣な意見を開陳。

 異常に長期にわたる占領期間について、マッカーサーは「日本を経済的に扼殺(やくさつ)する」との言葉を吐いたが、それはコーカソイドの奢りというしかない。マッカーサーはさらに「占領からたった二か月で武装解除は終わった。史上これほど迅速かつ円滑に武装解除が行なわれた例を私は知らない」と自慢たらたらといった態で言ってのけたが、日本国土に解体すべき戦争機関も兵器もほとんど残っていなかったからだ。

 そのうえ、マッカーサーは駐留軍の滞在や食事に必要な経費の負担を、貧窮に喘ぐ国民を抱える日本政府にすべて強要した。とはいえ、もし、ロシアとの不可侵条約が切れるのが一か月早かったら、間違いなく北海道はロシアの支配する領土になっていただろう。そして、択捉、国後を返還しないように、北海道も返還しなかったであろう。その点、アメリカには温情があり、基地つきとはいえ、沖縄を返還してくれたという実績はあるし、評価に値する。

 とはいえ、マッカーサーからの指示で作成された新しい憲法を後生大事に守り、これからの日本をどうしていくのか自らの志向や思惑を抑圧して、かつて外国から入ってくるものをすべて我々日本人の身の丈に合うように都合良く改変してきた精神を棄て、自国の平和を自国の力で守ろうともせず、すべてアメリカ頼みの弱小国にして憚らない日本のリーダーの質と本音をあらためて問い質したい。

 中国から見たら、欧米列強のほうが悉く、日本以上に罪は重い。植民地化されたアジアの国々から見たら、中国に群がった列強と先進国の仲間入りをした日本との戦いは「パワーポリティックスの最も醜い見本」であったろう。

 だいたい、極めて奇妙なことに、アメリカ人は自分たちのことを侵略的民族だとは思っていない。北米大陸を席巻するに際し、多くの先住民を殺害し、イギリス、メキシコ、スペインと戦争までして領土を拡大、フランスを威嚇して、領地を奪い、ハワイを強制支配し、フィリピン、グァム、サイパンを手中に収めた歴史を持っているにも拘わらず。だからこそというべきか、アメリカは原爆を使用した正当性にいまなお固執しているが、それはアメリカ人自身の価値観を否定するものであり、まるで自分たちが民主主義の名のもとに犯した罪は自動的に免責されるとでも思っているようだと作者は結んでいる。

 本書を読んであらためて思うのは、世界は、人類はいまだ小学生、中学生並みの番長によって支配されているということ。

 本書はあらゆる日本人に是が非でも読んでもらいたい著作だと、私は思っている。


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One Response to “アメリカの鏡・日本/ヘレン・ミアーズ著”

  1. コメントありがとうございます。
    アメブロ初心者なのでこれからなのですが、今後ともよろしくお願いいたします。

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