アメリカ帝国の衰亡/ポール・スタロビン著(その1)

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「アメリカ帝国の衰亡」
ポール・スタロビン(1957年生/アメリカ人ジャーナリスト)著
原題:After America
訳者:松本薫
2009年5月 アメリカにて出版
2009年12月20日 新潮社より単行本初版
¥2,400+税

書評その1

 本書はアメリカ人自身がアメリカの衰亡を書いている点で評価の対象になるだろう。通読するだけでもかなりの時間がかかったが、大雑把な印象としては世界に足を運び、世界の有識者と直に面談し、時間をかけて書いていることは解るが、若干ながら隔靴掻痒(かっかそうよう)の感も残った。

 「これは」と思った箇所が多いため、感想は「その1」と「その2」に分けたことを了承願いたい。

*ソ連邦が解体し、ベルリンの壁が崩壊したときこそが、アメリカの絶頂期。そして、オバマがアメリカ大統領に選ばれたときこそがアメリカがアメリカの衰退を認識し、再生をスタートさせた時。

*あらゆる文明に栄枯盛衰は必然。アメリカもそういう歴史に遭遇しているが、自覚症状のないアメリカ人は少なくない。(保守派で強行派の共和党が依然として選挙に強いとしたら、アメリカ人は世界史を知らない国民ということになる.。とはいえ、アメリカに代わって世界の警察官の役割を果たせる国などあるわけがない)。

*人間の営む世界に、歴史の流れをコントロールできる指導者など存在しないのは疑いのない事実だが。

*アメリカ人の特性はヨーロッパ人とは異なり、きわだって楽観的であること。

*人種の坩堝(るつぼ)として知られる現象の出現は旧来の伝統への意識的拒絶であり、民族的アイデンティティを溶解することで、欧州との違いを明らかにし、独自のアイデンティティを主張した。

(坩堝として機能したのはアメリカ建国後だいぶ経ってからであって、初期は先住民を殺戮し、白人以外の民族=アジア人、黒人、メキシコ人などは含まれていず、埒外に置かれた)。

*インディアンの多くの部族の絶滅はヨーロッパ人が持ち込んだマスカット銃ではなく、インディアンに免疫のない各種病気、伝染病だった。

(南米の植民地でも日本でも同じことが起こった)。

*アメリカ文明が求めたものは西欧の真似で始まりはしたが、目標は真似そのものではなくオリジナリティであり、それこそが「アメリカは例外の国」という意識を生んだ。

*第二次世界大戦に勝利した直後から、アメリカは最強国としての意識をもち、国際政治の先頭に立った。そして、技術も、科学も、医療も、映画を含めたエンタテイメント・ビジネスも、航空産業も、道路建設も、教育も、あらゆる分野で世界をアメリカナイズする運命を担った。

(こういう表現が、仮令、事実だとしても、アメリカ人の尊大なところではないか)。

*大戦後、アメリカが自由主義世界の秩序を守るべき最高責任者となったのは必然であって、アメリカ自身に選択の余地はなかった。

*トルーマンが朝鮮戦争に参戦を決意して以降、アメリカは大統領による軍事力の使用判断と権限を担うことになり、三権分立が瓦解した。

*アメリカがフランスに代わってベトナムに立ち入ったとき、ベトナム人はアメリカを正義の味方とも、自由世界の警察官とも思っていなかった。アメリカは欧州以外の文化を理解していなかった。ベトナムにおける米軍人の戦死の急増はアメリカにアイデンティティの危機をもたらした。

 ベトナム戦争はアメリカが負うべき災厄と軍事支配力の低下を暗示したし、イラクとアフガニスタンでの泥沼戦争は支配力の終焉を暗示している。

*中国、インドの台頭は歴史的必然。アメリカの相対的衰退は軍事費の負担よりも、アメリカ国債の保有者が国内ではなく、外国政府や外国企業であること、つまり、中国が最大の債権国に成り上がり、アメリカが債務国になり下がったことであり、この事実が国際政治に影響することは否定しがたい。

*何世紀にもわたって白人が積み上げてきたイメージは他国文化圏への侵略と、軍事的パワーによる植民地化。

(アメリカの過ちは(1)アメリカンドリームを金銭でしか測らないこと(2)博打的投機を自由放任することでそれ自体が自然に収斂するとの過剰な経済的信仰に陥ったこと(3)白人諸国を理解するほどには中東、中南米、アジア、アフリカについて正しい認識を持たなかったこと)

*資本主義の発展には創造的な破壊が伴う。アメリカをはじめ先進諸国はそのことを覚悟すべきだ。

*世界の未来に関与できるのは国の指導者ではなく、テクノロジーではなかろうか。国家が巨大であることは、それ自体が悪という考えも成立する。とすれば、中国もインドも、その範疇にある。

*エネルギーが人間の居場所を決定するならば、エネルギーが自前になりさえすれば、居場所は自由になる。化石燃料の使用をやめられるときが来れば、湾岸地域の意味も違ってくる。

(中国のアフリカ、南米、豪州への資源を求めての急接近にも意味がなくなる)。

*現在、インドの防衛予算は270億ドル、世界で11番目の軍事大国になっており、インド洋における警察官的存在と化している。一方、中国もスリランカ、バングラデシュ、ミャンマーにまで新しい港を建設するという、いわゆる「真珠の首飾り」という名の計画を遂行中。

 ただ、インドは物事が迅速に進まない、国民感情を無視して国政を優先させるという欠点をもつ。

(中国海軍は南沙諸島だけでなく、日本領海にまで踏み込んで海上保安庁の船舶を挑発している。日本人政治家はなぜかこれに対し怒りを露わにしない。メディアも問題のサイズに等しい扱いをしていない)。

*日本は戦後に制定された日本国憲法が今もそのまま。一方で、中国の軍拡政策に脅威を感じているにも拘わらず、日本は「戦争行為放棄」という隠遁生活を一向にやめようとしない。

(日本人は国防という観点で軍隊を考えなくなっている。アメリカが衰退し、軍事パワーを太平洋に展開できなくなった場合、最も困惑するのは日本であることは自明なのに、国防を考えないばかりか、守ってもらっているアメリカの軍事基地にまでクレームをつけている)。

 「その2」に続く。


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