アンネの日記/アンネ・フランク著

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アンネの日記

「アンネの日記」 
アンネ・フランク著  深町眞理子訳
文春文庫  1994年完全版として初出

 本書は有名ユダヤ人の名を10人挙げれば、そのうちの1人として必ず挙げられる人、15歳にしてナチス収容所に送られて死んだ著者、アンネその人の、13歳から15歳までの、日記である。

 ドイツの侵攻は1942年にはじまり、ほとんどあっというまに隣国、フランスをはじめ、オーストリア、ハンガリー、ポーランド、オランダ、スイスを支配下に置き、ユダヤ人に対してはユダヤ人であることが判るように黄色い布片をつけることを強要、自転車を含めあらゆる乗り物の使用を禁じた。

 そうした背景のなか、善意あるオランダ人の援けで、アンネは他の家族とともに隠れ家に転居、ここで1944年密告によるナチスの摘発を受けるまで、集団生活しながら日記を書く。

 日記は赤裸々というだけでなく、他人との密室生活という状況からは考えられないほどの明朗さがあり、アンネの早熟さ、聡明さと同時に、反抗期であり思春期でもある年齢特有の頑固さや生意気さもあるがまま伝わってくる。姉妹がなく、子供にも男の子にしか恵まれなかった私には、アンネの思念や願望がきわめて新鮮に映った。

 当時の西欧社会にはまだ性差別が強く存在していて、そのことへの猛烈な反発の言葉には恐ろしいほどの個性が表れているし、また「キリスト教徒のすることはその人ひとりの責任だが、ひとりのユダヤ人がすることはユダヤ人全体にはねかえってくる」という民族への迫害に対する反駁の言葉には、アンネ自身の「ユダヤ人意識」が痛烈なほど込められている。

 とはいえ、集団生活していながら、ここにはユダヤ教徒らしい儀式や、それらしい宗教的な議論がほとんどなく、そのことにはやや腑に落ちないものを覚えた。

 ヨーロッパのどの国に生まれても、子弟にとって歴史の勉強が必然的に全欧に広がり、古くはギリシャ神話にまでさかのぼることを知り、と同時に、言葉に関しても、三か国語、四か国語を(根はラテン語とはいえ)学ばねばならぬ苦労のほどが偲ばれた。

 残念に思えたことは、恋人のように接したペーターとの関係についての記述がページを追うごとに薄っぺらなものになってしまい、ちょっとした不可解を残した。

 正直にいうが、この本を手にした最大の理由は、本ブログですでに書評した「ヴァギナ」に、アンネの日記が紹介され、「アンネが自身の性器について語った」部分が、戦後「アンネの日記」として出版されながらその部分が長い期間にわたって割愛、削除され続けたことに言及していたからである。そして、もう一つ、このブログに書評した「ユダヤ人の歴史」にもあること、いうまでもない。


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