イノベーション 悪意なき嘘/名和小太郎著

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「イノベーション 悪意なき嘘」
名和小太郎(1931年生)著
岩波書店 双書時代のカルテ
2007年1月初出 単行本

 

 76歳の人が書いたものとは思えぬ点は内容が先端技術に関するというだけでなく、文章の闊達さにある。

 本書はコンピューターに関する書だが、この技術革新が新世代と旧世代とをはっきり分けてしまった感があり、これほどの技術的な変革は過去にあっただろうか。字義通り、それは「比較を絶したイノベーション」と言っていい。

 はじめに、「2000年1月1日の午前0時を迎えるときの世界規模の狂騒は一体何だったのか」という疑問の投げかけに、「そうだったな」といまさらのように想起させられ、続いて「事実上、ほぼ平穏無事に推移したが、それは個々の企業努力が有効だったのか、誤作動はあったが微々たるものだったのか、あるいはそもそもリスクは存在しなかったのか、その後、政府も、コンピュ-ター事業者も、ユーザーも、マスメディアも、だれもかれもが口をつぐんで、狂騒の実態は忘れられた感がある」と言い出されたのには、いきなり強烈なパンチを食ったほどの印象があった。

 以下、作者の言い分のうち、なるほどと理解したものを列記する。

1.新しい技術の導入によって、社会に危害をおよぼすことが、だれからも補足されない、不特定多数の一員によっても可能になった。この技術の偏在性にどう対応すべきなのか。性善説に与(くみ)することはできない。

2.情報技術も通信技術も、第一に最初から本来の全体を予見できるようにはしない、つまり問題をすべて部分的に最適な発想で解決してしまう。第二に、部分的最適以上のことはできないように社会の動きを加速させてしまう。第三に、社会の動きを加速するために常にリスクが充ちているような構造に社会を向けてしまう。部分的最適化は技術を発展させ、新しい社会的ニーズを創造し、ビジネスチャンスを増やす。

3.中心と周辺について: 「中心」は現在もっとも流行っている課題だが、ライフサイクルが短い。加えて、中心の課題はライバルが多い。何かを加えるにしても、その限界効用が低い。つまり、何をやっても目立たない。一方、「周辺」の課題にはリスクが大きい。ただし、競合相手は少ないから一発勝負でゲインを狙うことは可能。

4.70年代にパケット通信に手を出し、建設を電電公社に頼みに行ったら、にべもなく断られた。それじゃ自分たちでやってみるかということになった。幸い、この話を面白いといって日本電気の技術者が力を貸してくれた。結果、大評判になった。競争者はなく、素人でもほどほどのものを建設でき、草創期の技術であったためゲインも大きかった。

5.技術には普遍性があるので、だれかが実現したことはほかのだれでもが達成できる。中身がたとえ秘匿されていても、なんとか実現できる。これを「技術者の楽天性」という。

6.パケット通信システムを稼動させた直後、郵政省から呼び出しを受けた。「おまえのしていることは公衆電気通信法違反である。即刻、システムの運用を停止せよ」というものだった。この後、私は法律との整合性のために、このシステムの形や運用についてあれこれと小細工を弄することに専念し、いつしか、公衆電気通信法についてセミプロになっていた。

7.その後、それほど時間が経ずして、データ通信とコンピューター・ネットワークのサービスは電電公社の独占から外し、民間に解放すべきとの意見が強くなり、公社の民営化の話も始まった。とはいえ、民間に公衆電気通信法に詳しい人材はいなかった。そのため、私は周辺にいたつもりが中心に押し出されてしまった。それにのめりこみすぎていた間、コンピューター技術も通信技術も専門化が進んでおり、私のような素人には仕切れないレベルになっていた。

8.行政管理庁と協同で研究会を開き、「日本で最初の包括的な省庁横断的な情報通信政策論を立ち上げた。内容はシステムの脆弱性、著作権、データ保護、社会システム、越境データ、流通、自動化と雇用にわたった。

9.「情報法」というタイトルをもつテキストが最初にできたのは1993年。

10.人工物にはハードウエアーとソフトウエアーがある。ハードウエアー型の人工物とはつまり工業製品を指す。その特徴は重さがあること(比重が7.86、融点が1535度)、所有権で保護されることがあるが、量産品であること、一物一価であること、技術標準をもつこと、品質管理の対象であること、製造責任法の適用を受けることなど。

11.ソフトウエアー型人工物についての特性。それ自体が自然法則によって縛られることがない。(たとえばプログラム自体に重さがない)、アプリケーションは反自然法則的なもであってもよい。(たとえば時間を逆行する現象もプログラミング可能)。

12.電子マネー: 金融工学の問題。空売り、デリバディブおよび基準、バリュー・アット・リスク(Value At Risk)などという人工的な概念に与えられたシステムがある。こうした奔放な人工物は法制度による制御はむずかしい。その実例をたくさん米国のなかに見ている。

13.企業秘密に対する侵害に相当する行為:

 財産的、ビジネス的、科学的、技術的、経済的、工学的な情報のすべての様式、形式を含む。ここには模型、計画、編集物、プログラム・デバイス、処方、設計、方法、技術、行程、手順、プログラム、コードを含む。また、有形、無形を問わない。加えて、貯蔵、編集があるなしに拘わらず、またそれがどんな方式であろうと、またその貯蔵と編集が物理的であろうと、電子的であろうと、図面的であろうと、テキストの形になっていようと、それを問わない。「侵害」に相当するのは、認可なしの企業秘密に対するコピー、複製、スケッチ、作図、撮影、アップロード、ダウンロード、改造、破壊、フォトコピー、模写、伝送、配布、郵送、通信あるいは運搬。以上は、ハードウエアーにも、ソフトウエアーにも含まれている。

14.技術は情報の形になった「知的財産」であり、この言葉は1833年にライブラリアンのスプーナーが使ったのが最初。ただし、言葉より先に理解はあった。それは数世紀前のガリレオ・ガリレーで、軍用コンパス、灌漑用設備の発明に関してときの権力者に特許権の出願をしている。特許権、著作権にしても、その最初の国際条約は1880年に成立している。20世紀後半になって、特許権の対象は本来の装置やプロセス、科学物質に加えてソフトウエアー、ビジネスモデル、植物、一般動物、ES細胞などに拡大され、著作権法もプログラム、データベース、DNA配列などにおよび、次第に分担に乱れが出始めている。

(中国人と韓国人による著作権違反のでたらめさは、人間の質の悪さをこれ以上ないくらいに世界にアピールしている。同じ人類とは思えぬほどの醜悪さだと思う。だから、技術をもった日本企業が中国の外資導入の誘いに乗って工場を作ると、技術が特殊であればあるほど彼らに技術を盗まれ、途中退職され、別に工場を作られて、競合相手を増やすことになる。新幹線を買ってくれたときの条件にも技術込みになっていた)。

15.1970年代初頭のコンピューターの草創期、代表的プログラマーであったダイクストラはプログラムというものは10の10乗個の要素からできており、最も複雑な人工物であることを示唆、最大規模を100万行とした。現在では、携帯電話ですら500万行のプログラムが詰め込まれている。プログラムは人間の目には単調すぎ、脳には複雑すぎる。書き違い、思い違いは避けられない。

16.品質管理においては図面の作成者と検査者とは独立でなければならないのに、プログラムの生産プロセスにおいては多くの場合、プログラムの設計者と検査者とを製作者が兼ねている。

17.保守は人工物に必然。ハードウエアーは部品で交換することで補完する。ソフトウエアー型の人工物は劣化がないし、同時に完成品という言葉の代わりに「最新のバージョン」という呼称が使われる。だから、プログラムの保守は製品の陳腐化のために発売を停止し、新しいバージョンを市場に出すことになる。保守のつど、当のプログラム、モジュールのサイズは膨らむ。同時に、モジュールそのものも増える。モジュールの大きさが膨らむほど、数が増えるほど、総体としてのプログラムは冷えたスパゲティのようにもつれる。これを指して「プログラムの統計力学的進化論」と言ったソフトウエアー工学者もいる。

18.1970年当時に比べ、現在のパソコンは256メガバイトと1000倍、価格は3000分の1、重さはたったの3キロ前後、関心事は主メモリの大きさ(キャパシティ)ではなく、その重さや計算速度に移っている。

19.1985年、日本では通信事業が自由化され、これ以前、電電公社と国際電電の二社にすぎなかったのが、20年後の2005年には13、774社に達した。うち、9,681社がインターネット・プロバイダーである。この数字の伸びは多くの事業機会があったことを端的に示している。

20.電子メールに不具合が生じた場合、苦情に応えるべき責任者は電話会社なのか、インターネット・プロバイダーなのか、パソコンのハードウエアー・メーカーなのか、基本ソフトウエアーの事業者なのか、電子メールのプログラム事業者なのか、ユーザーはみずから判断し、交渉しなければならない。責任も制御も分散、ユーザーの安心感も失われた。

21.インターネットが市場に登場するや本来は軍事用だったものが、いまや全地球規模的で使われるようになり、警察による監視が必要という声が出てきた。制御しようとする理念を「Will make best effort」を略して「Best Effort」、つまり、「最善は尽くしますが、それでもダメだったら勘弁してください」という発想。

22.「ムーアの法則」というのがある。「集積回路の密度は1年半に2倍になる」というもので、半導体メーカーのインテルを設立したムーアが1964年に発表したもので、40年以上もそのまま続いている。

23.技術には両用性がある。「軍事用」と「民生用」。この用語はいまや「民生用」と「犯罪用」と言い換えてもいい。

24.本書にイノベーション「技術革新」というタイトルをつけた真意は、その効用を説くだけでなく、対峙し、対抗しなければならないことがあるからで、それは「疑う」「ためらう」「いぶかる」「懸念する」といった意味を汲みとって欲しいためだ。

25.シュンペータは「イノベーションとは創造的破壊」と定義したが、私は「悪意なき嘘」という言葉をガルブレイスの著書のなかから借りた。この言葉が現状を最もよく表現していると思うからだ。


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