インターネット新世代/村井純著

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インターネット新世代

「インターネット新世代」
村井純(1955年生/工学博士)著
帯広告:未来への創造、メディア革命、電波空間、クラウドの意味を理解
2010年1月20日 岩波新書 初版 ¥760+税

 

 本書はインターネットのもつ無限の可能性を縷々述べているが、内容のほとんどは私にとって理解できるレベルのものではなかった。

 ただ、マスコミ媒体の新聞、雑誌、テレビ、ラジオの広告収入は前年割れが連続している一方で、インターネット上の広告収入は2005年にラジオの収入を抜き、2007年には雑誌の収入を抜いて、新聞を超えるのも時間の問題といわれていること、海外では2009年にイギリスのTV広告収入がインターネット広告に抜かれたことには、いずれそういう日が来ることは予測していたが、私の予測以上に早いことに驚愕した。

 つい最近のTV報道によれば、アメリカの新聞や雑誌もコマーシャル収入ばかりか、読み手が激減、経営悪化が顕著だという。ところが、真面目で、真摯で、詳細を究め、かつボリュームもあって知的志向を満足させ得る報道を望む知的富裕者らがマスコミへの資金援助を継続して行なうと言明した。マスコミ側は充分な時間をかけ、支援者の期待に報いることのできる内容の報道に徹することを公約した。

 現実、ニューヨークタイムズの記事に匹敵する英文を書ける能力をもつ人材はそう多くはない。私の友はアリゾナに住むながら、ニューヨークタイムズを取り寄せて読んでいる。ご承知のように、アメリカは州毎にローカル新聞が存在し、一般的には居住する州、たとえばシカゴなら、人々はシカゴ・トリビューンを読んでいる。

 知性の高い人物もいて、知的水準の高い文で埋まった新聞を読みたいという層が存在することは厳然たる事実である。

 現時点でも、「人間のコミュニケーションの場としての可能性はまだ僅かしかインターネット上では実現されていない」という著者の言葉と、アメリカの知識層が示した「新しいジャーナリズムのあり方そのものを模索する姿勢」とは将来どういう形で並存するのか、あるいは並存できるのか、過渡期ともいえるタイミングに生きる現代人にとって見逃すことのできない社会現象となるだろう。

 いずれにせよ、コンピューターの出現が世の中を激変させ、世代を分断し、本を買わずに読書が可能になる時代、出版社は今後どのような変貌を遂げつつ生き残りを図るのだろうか?

 とはいいながら、一方で、コンピューター固有の問題、「ハッキング」も「ウィルス」も深刻度を増しこそすれ、解決される可能性はまったく見えてこない。世界に存在するどの社会もコンピューターや携帯への依存を高めてしまっている現在、コンピューター機能なしではあらゆる活動が不能というレベルに達している。

 利器が創られれば人間は利器に依存するようになり、いったん利器に依存すれば、二度と利器のなかった時代の生活には戻れない。にも拘わらず、コンピューター依存が大怪我を招く可能性を秘めたウィルスという厄介ものを誕生させ、いつ果てるとも知れぬ闘いを余儀なくさせてしまった。

 人類は、いま、叡智を求められている。


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