インドの時代/中島岳志著

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書評:ためいき色のブックレビュー-インド

  

  「インドの時代」 中島岳志(1975年生/北海道大学公共政策大学院准教授)

  副題:豊かさと苦悩の幕開け

  2006年7月 新潮社より単行本

  2009年1月1日 同社より文庫化初版  ¥438+税

 過日、バックパッカーらが見たインドを含めた東南アジアに関しての著作に書評を加えたが、さすがに学者の描くインドの実態には、バックパッカーらが見るそれぞれの国の一面、一部というリミットがなく、全体をできるだけ間違いや誤差のないように伝えている。

 インドは「Brics4国」に入っているように、近頃、急速に経済成長を果たしてきた国の一国であり、ことにそのIT関連産業に代表される最先端技術は先進国並みのレベルが紹介されるようになり、インドがバラ色の未来に向けて突き進んでいるとの印象が政界、財界で共有されるようになった。外国企業(中国、韓国、日本など)の現地への誘致も盛んになっている。

 過去数年前までは、インドに関する情報は偏ったイメージばかりが伝えられてきたが、国際空港に近い郊外には新たな開発が行なわれ、荒野だった町外れに企業コンプレックスや大型マンション、ショッピングモール、シネマ・コンプレックスなどが林立、こうした風景はこの国の過去にはない新しい側面となった。しかも、こうしたところに在るマンションは高い塀に囲まれ、ゲートには警備員が常駐、下層階級を拒絶している。

 (ただ、上記はインド経済の一面ではあっても、全部ではない。大都会の一流ホテルから1ブロックも離れれば、路上生活者、物乞いがすさまじい数で存在し、ホテルから散歩に出れば、「おめぐみを」の声がぞろぞろと従いてくるし、牛が糞を垂れ流して歩いている。インドの株が上昇してはいても、その恩恵に浴するのはごく少数の富裕層と中間層の一部だけ)。

 しかも、高級マンションに入った後、インド人同士の連帯意識や共同体意識は失せ、先進国並みの格差社会の形成へとまっしぐらに繋がる道が開かれる。マンション生活は、インドの基本的生活習慣だった大家族主義を崩壊させ、核家族化を招き、いずれは少子化現象に悩まされるという先進国がたどった道を歩むことになる可能性については無知である。マンション住人になることで、それまで知らなかった西欧式のトイレでトイレットペーパーを使うことも知った。

 (ペーパーを使うのは世界人口の10%。インド人の11億、中国人の13億(14億かも知れない)が、みなペーパーを使うようになったら、世界から樹林が消失するだろう)。

 

 インドで長年、社会の規律として存在した「家父長的」家族像と、新しい「欧米的な生活への旺盛な浸透」との相克が萌芽しはじめている。

 ことに、インターネット時代を迎え、インド人の得意な分野での活躍が報道されると、インド中でIT関連産業への志向が強くなり、受験戦争を激しいものにさせ、精神的負担からノイローゼや自殺を起こさせるようにもなった。

 (何かが金儲けに繋がりそうだとの感触を掴むと、誰もが一斉に真似を始めるのは、熱い国の人々に共通した心理)。

 確かに、経済成長は2000年代に入ってから順調に伸びており、2003年には8.1%に達し、2004年、8.5%、2007年には9%を達成した。(むろん、国内総生産を人口で割ったら、中国同様、大した生産額ではないが)。

 そういう右肩上がりの成長とともに、都市部にはプリクラ、ゲームセンター、ビリヤード、ボウリング、プール、フィットネスクラブ、バー、クラブ、ディスコなどができ、家庭ではペットがブームとなった。

 (こうした欧米化を日本もたどってきたわけだが、それは社会倫理の乱れ、殺伐とした人間関係を招来することになるだけでなく、格差社会をさらに拡大させ、社会不安と不満をも増大させることになる)。

 それでなくとも、インドにはカースト制度が(法律上はないことになっているが)、暗黙の壁が強固に存在し、一方で国内にはイスラム教徒とヒンドゥー教徒との長年にわたる暗闘、テロがあり、互いに異教徒を許容する度量に欠けたまま今日に至っている。しかも、隣国のパキスタンとは核不拡散条約を無視し、世界でこの二国だけが条約無視の核を持ち、核戦争の危機を恒常的に内包している。

 2005年の国連調べによれば、国民の79.5%が1日に2ドル以下の生活、うち35%が一日1ドル以下の生活、20%がいわゆる富裕層と中間層を合わせた数で、11億人という人口の2億人にしか相当しない。

 インドの政治は賄賂が横行するだけでなく、総選挙ごとに為政者に変化が起こり、その意味での安定感が欠けるうらみはあるが、経済成長が継続する限り、また、為政者が貧困層への救済手段を採用する限り、インドの上昇傾向に暗雲が垂れこめることはないだろうと作者は予測している。

 最重要課題は宗教。 

 異教徒との融和、どの宗教であれ、「神」という一つの真理に向かう道に過ぎないという認識ができれば、宗教対立は避けられる。ヒンドゥー教徒やイスラム教徒に、そのような理解が統一的に可能な日がくれば、インドは飛躍的に伸びる可能性を秘めている。

 

(宗教はどれであれ、自然への畏怖、驚異がベースになっている。宇宙という大自然を見て、あるいは感じて、神という存在を考えなければ、存在し得ないというところからの発想であろう。結論的にいえば、神は人間が想像し創造したものだが、それは大自然そのものである点、間違いは絶対にない。神などというものも仏などというものもこの世にはない)。

 総じて、本書からは作者のインドへに対する真剣な眼差しが窺われ、文章づくりに青い印象はあるが、真面目で真摯な姿勢には清々しいものがあり、インドの現代を知るうえでは十分に参考になった。

 ただ、インドや中国のような人口の多い国が経済成長を遂げることは、即、自然破壊を助長する結果を招くことは避けられず、人類死滅の時期を早めることになるのかも知れない。

 

 


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