インド人はなぜゼロを見つけられたか/門倉貴史著

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「インド人はなぜゼロを見つけられたか」
門倉貴史著  小学館文庫  2007年1月初版

 
 タイトルに魅せられて入手したが、内容は「インド経済のポテンシャリティ(潜在能力)」といったもので、中国にも負けない経済成長の将来性と実態など、得意とするIT関連を軸として、詳細に解説する書であり、数学的関心を充足させるために入手すると、私のようにがっかりというより、詐欺に遭った気持ちになる。

 いや、このタイトルでこの内容というのでは、ニュージーランド牛を和牛といって売るよりもっと悪質で、豚肉を牛肉といって売っているのも同然、そのやり口は、小学館への信頼失墜にまでつながる可能性がある。インド人がゼロを発見したことなど、いまや世界的な常識であり、むしろ、インド人のだれが、どのような天才が、どのような閃きのなかでゼロを発見したのか、そして、負の数にまで達したのかという興味を抱く人は少なくなく、そういう経緯を知りたいがために、本書を入手した。だから、肝心のゼロの発見に繋がる話が一切出てこないにも拘わらず、このタイトルでは、字義通り「詐欺」であり、一時ははらわたの煮えくり返る思いに駆られた。

 とはいえ、本書名が「インド経済のポテンシャリティー」だったとしても、本書を入手していたことに損をしたという自覚は実はない。中国とインドをメインに、2007年1月12日、つい最近本ブログで「環境破壊」を訴えたばかり、タイミングといい、縁といい、インドを知る上では絶好の書籍、期待しなかった別の意味で学ぶことが多かったことを特記する。

 以下は、感銘を受けた点、初耳だった点、学んだ点、気にさわった点など:(  )内は私の意見。

1.古代ギリシャ人はインドまで天文学を学びにやって来た。

2.インド人は貧しいながら、優秀な人材には食を分け与える大らかさがあり、それが数学に強い人間をさらに強くさせた。

3.日本人はコピーはうまいが、創造力がない。
(この非難は中国人に対していうべき言葉であって、日本人は史上、中国からも西欧からも学び、コピーしつつ、新しい仕組みを開発、付加価値までつけて販売に結びつけ、コピーしたものをそのままの形で受け継ぎながらさらに発展させ、他国の著作権を侵害したことはない。

 中国人がどのくらい日本の誇る中小企業の特許にまで触手を伸ばしているか、かられのやり口が完全な模倣品づくりであることを強調すべきだった。かつてソニーがトランジスターを発明したようなことは中国人はやっていない。ひたすら著作権の侵害をして、ひたすらコピーするだけだ。やり方が醜悪というしかなく、これをそのまま日本人への非難という形でぶつける神経は不可解の一語。かつて、島国である環境が隘路になり、国境を接して切磋琢磨する機会に恵まれなかった国が、ある時期を境にして、真似からことを始めたのは事実ながら、それは環境が強いたことであり、同じ環境にあって、日本と同じレベルを達成できる国はそうはないだろう。西欧諸国だって、互いにギリシャ文明から学んだことをベースに、時代の変化のなかで、互いに切磋琢磨し、良いものは取り入れて次の利器を思いついたり発明したりしたのではないか。国境を接していることは戦争を惹起もしたが、互いに学ぶという点ではメリットとしても働いたといえる)。

4.1980年から2000年までの平均成長率は、中国は9.7%、インドは5.8%と、インドは次第に中国に近づいている。2010年までにはインドは中国を追い抜くであろう。中国は「一人っ子政策が足枷になり、いずれ労働力不足に陥る」だけでなく、使いものにならない人材を輩出するであろう。

5.ただ、インドが高成長を実現、牽引しているのは、IT関連産業、ソフトウエアだけであり、インド北部に集中している。この分野は多数の労働力を集約できず、したがっては経済成長の裾野は広がらず、ありあまる労働力を吸収できない。 ただ、ソフトウエアの輸出は1991年に1億ドルだったのが、2005年には1725億ドルにまで増加。

6.インド、中国ともに株式市場が伸び、外資による売買高も増えている。(インサイダー取引、粉飾決算、政界への賄賂工作なのど頻発、産業廃棄物の垂れ流し、格差社会の創造は両国ともに止まらないと私は見ている)。

7.中国とインドに共通するのは資源確保だが、この点、インドは中国に大幅な遅れをとっている。(中国のなりふり構わぬ石油やレアメタルへの執念は、脱石油、脱ガソリンをまったく視野においてないからではないか。それは真似するというだけの経済成長に因子があると思われる)。

8.1970年、人口抑制策の強化を大義名分とし、インディラ、ガンジーの次男サンジャイが75年から77年にかけ、貧困撲滅のスローガンのもとパイプカットを9000万人に施したが、反感を買い、暴動を惹起した。以後、人口抑制策の強化はこの国に関してはタブーとなっている。
(IT関連の経済成長が路上生活者にまで輪を広げ、生活の向上に結びつくことはあり得ない)。

9.インドの国土は日本の9倍弱で、世界で第七位である。とはいえ、日本はイギリスよりは広い。

10.コピー薬品を大量販売する仕組みを自給自足で創出。IT産業と同様に世界中に輸出できる能力をもつ。
(コピー薬品が何を意味するのか不分明だが、これは国際的には著作権侵害にあたり、国際法に抵触する)。

11.イギリス、アメリカで医療にたずさわるインド人の数は多い。イギリスでは医師の30%がインド人(移民、二世を含む)、インド国内における治療費は米国の4、5割は安い。手術コストは世界でも群を抜いて安価。外国からの手術治療に訪れる人は跡を絶たない。とくに、堕胎治療が認可されていないアメリカ人女性はしばしばインドを訪れて、中絶の手術を受けている)。

12.パキスタン、バングラデシュ、中国、スリランカに囲まれ、それぞれの国境紛争に備え、軍・兵器の近代化、軍備拡張を進めざるを得ず、(アメリカとも提携)、軍需産業が成長している。これによる刺激で、工作機械メーカーが恩恵をこうむり、開発体制がIT産業にも活かされ、好循環を促している。
(国境における緊張が緩和されたら、工作機械メーカーは凋落するとの意味か)。

13.自動車、二輪バイクの販売は年々伸びている。
(二酸化炭素の問題について触れないのは片手落ち)。

14.識字率、日本100%、中国90.3%、インド61.3%、学歴重視による格差社会の様相が年々顕著。学歴社会は貧富の差をさらに拡大する。
(デリーや旧カルカッタ、バンガロールなどで見られるすさまじい数で生死をくりかえしている路上生活者、ホームレスについて一切触れていないが、インドの政治にこれら恵まれない最下層の人々への救済策はあるのか)。

15.インド人はゴールドへの執着が強いという。これはかつて政府の発行する紙幣が紙くずになった経験者ほど、ゴールドのみならず宝石類への執着心を強める。ユダヤ民族に始まり、華僑に拡がり、インドが真似、インドネシアをはじめとするひどいインフレを体験した発展途上国の人間は自国通貨を信頼しない。 当然の帰結である。 ちなみに、ゴールドの産出は、(2003年調べ)、オーストラリアが21.1%、ボツワナが22.2%、ロシアが17.5%、コンゴが14.6%、南アが9.2%である。
(ただ、インドでは政府が禁止している「結婚時の持参金」に金を使うことをやめようとせず、これがインドの金保有量を世界一にしてはいる)。

16.現在、三洋電機、東芝、日立などが韓国のサムソンと競合、インドの所得の増えた層への電化製品の売り込みに必死。(エアコンの普及も環境破壊に結果する)。

17.先進国はこぞって禁煙運動に走り、煙草栽培が激減。インドはその間隙で、煙草栽培を伸ばし続け輸出に奔走している。

18.ブラジル、ロシア、インド、中国が、「BRICs」と呼ばれ、共通するのは自然破壊、人種による差別待遇、人口過密でありながら、経済成長を期待される国。

インドのカースト制度は、クシャトリヤ(軍人、貴族)、バイシャ(平民)、シュドラ(賤民)、アチュート(不可触民)で、アチュートはカーストの範疇にも入れてもらえない。

19.地球の水の量は海水を含めて14億立方KM,これは地球全体表面を3千Mの厚さで覆うことができる量。このうち淡水はわずかなに2.7%、しかも淡水のうち75.2%は凍土や氷河、現実に24.8%の淡水は地下水、地表水ともに特定の地域に偏在、地球温暖化は海水は増えても、降雨量を減らし、蒸発量を増やすなど、供給量はさらに減少する。水の問題は石油以上に深刻化する可能性がある。

 水不足に困惑するのは先進国以上に発展途上国。そのなかでも水の消費量が増えるのは農業国であり人口の多いインドであり、世界全体の消費量の約20%を占める。農業国でない国も、野菜その他の食品を輸入するかぎり、淡水に頼った生活からは逃げられない。パンひときれに使う水ですら40リットル、一杯の林檎ジュースには190リットル、卵ひとつに135リットルの水が必要。

20.インド人は、インド・アーリア人、ドラビダ族、モンゴロイド族が混在し、言葉は主だったものでだけで17言語。 宗教はヒンドゥーが80.5%、イスラム13.4%、キリスト2.3%。シーク1.9%、仏教0.8%。ジャイナ0.4%(2001年調査)。

21.軍事力は兵力110万で中国に匹敵。海軍5.5万人、空軍17万人で、いずれも志願制。

 筆者はいう「インドは多大なポテンシャリティに富んでいるが、同時に大きなリスクがある。カースト制度は未だに社会を律し、核保有国であることも忘れてはいけない。パキスタンとの紛争もいつ爆発するか知れない状況下にある」と。

 インドがここまで伸び、中国に追いついてくると、地球死滅はそう遠くないような気がしてきた。

 だいたい、インド人のしゃべる英語はてんで理解できない。しかも、むかし、日本に観光で訪れたインド人の男が芝にある東京プリンスホテルに駆け込んできていきなりエレベータに乗って上階へ逃げる場面に遭遇、続いてタクシーの運転手がロビーに入ってきて「いま外人が飛び込んできませんでしたか?」と詰問する。聞いてみると、「タクシー代を払うために、両替してくるからといって車を降りたが支払いにやってくる気配がない」といって怒っている。「ありゃ、いったい何人なんだい? そう、インド人か。これからは絶対にあのツラをした外人は乗せない」との棄てゼリフを残して、やむなく帰っていった。以来、私もインド人を信頼しないことに決めた。

 一般に、インド人はカースト制度が血肉になっていて、そういう目で外国人をも見る習性がある。ビジネス上の会談をしても、社長、部課長、スタッフの意見を耳にしながら、意見の内容ではなく、意見が誰の口から出たかばかりに注意を払う。人の国に来てまで、カーストをひけらかされたんじゃたまらないという気分だったことを思い出す。

 個人的な意見としては、インドも中国もいずれ必ず、どこかで蹉跌を踏み、混沌と混迷の道に迷い込むであろう。


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