ウィルスが嗤っている/根路銘国昭著

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「ウィルスが嗤(わら)っている」  根路銘国昭(1939年生)著
KKベストセラーズ 1994年2月初版

 

 作者は呼吸器ウィルスの権威、現在「国立予防衛生研究所呼吸器系ウィルス研究室長、WHO(世界保健機関)インフルエンザ・呼吸器ウィルス協力センター長。姓から見ても、典型的な沖縄の名前で、沖縄に都合10年居住したことのある私は沖縄出身者のほとんが時間にも仕事にもルーズであることを知っているため、沖縄出身のこの人物がWHOの指揮官であることに驚きとともに悦びを隠せなかった。

 本書は学術書に近いものであり、書評の対象というより、学ぶ機会を与えてもらったという印象が強い。以下は私がポイントとして捉えた部分を抜書きしたものだが、本書を読めば、さらに詳細が語られている。

1.1918年、第一次世界大戦の末期に猛威をふるったスペイン風邪では人類の50%が感染、この戦争は1914年に始まって容易に決着がつかず、1918年を迎えたときにインフルエンザが両軍の兵士を襲い、戦争の継続が互いに不可能になったのが終戦に至った主な原因で、兵士らはおよそ8百万人が命を奪われ、帰国した感染者がさらにウィルスを拡散し、地球規模に拡大、サモアでは25%が、インドでは500万人が、アメリカでは50万人が、イギリスでは20万人が、日本では39万人近くが落命、全世界で2千4百万人(当時の人口の3%)が死亡、日本の39万人死亡は日本人口の7%に相当し、死亡率は平均を凌駕、日本人がインフルエンザウィルスに弱い体質であることを暗示した。

2.18世紀には、ヨーロッパの人々を恐怖の底に陥れたペスト(黒死病/ネズミが媒介する)が流行したが、スペイン風邪はこの病気と並んで、ずばぬけた規模の被害を人類に与えた疫病として歴史にその名を刻んでいる。

3.現在インフルエンザウィルスは不気味な変異をみせている。北半球のカモメが生息する一帯では、おびただしいアザラシの屍(しかばね)が累々と横たわり、巨大な鯨さえも死の危機に瀕し、ミンクが壊滅的な打撃を受けた。いずれも凶暴なインフルエンザウィルスたちの仕業で、カモメの体内に潜んでいたウィルスが哺乳類を襲ったといっていい。一方、人間の世界では、脳症や肝機能症を引き起こす変異したウィルスが出現している。ウィルスの究極の宿主は人間であり、人間を襲う前までは鳥や豚の体内で長期間潜んで、機会を待つ。ウィルスが人類にとって最大の脅威となる日は遠くないかも知れない。

4.1976年、米国ニュージャージー州の新兵訓練場で若い志願兵が次々にインフルエンザに感染、1万200名の志願兵のうち500名が感染、当局はウィルスの正体解明にのりだしたところ、患者らの血清に強い反応を示したのが豚だった。ただ、このインフルエンザは拡がりを見せず、治まってしまった。

5.学者間には、10年に1度の割合で、インフルエンザが発生するという通説があり、1968年には香港型ウィルスが出現したため、スペイン風邪の出現は予測されてはいたが、規模の大きさまでは想定できなかった。

6.1977年には日本でも豚が相次いで死亡するという連絡が新潟から入った。それらの豚はアメリカから輸入したものと判明、以後、神奈川、富山の豚もアメリカ西部からの輸入で、この地域の豚に感染が広がったが、アメリカでの成り行きを見守っていた日本は人への感染はないと判断した。

7.インフルエンザのウィルスは豚や鳥の体内に潜んでいるときは、まるで化石のように昔のままの姿を保ち、じっとしているが、いったん人間の体内に侵入するや、すさまじい勢いで進化を遂げる。

8.アメリカ人のショープはスペイン風邪の原因を徹底的に究明することに精力を割き、スペイン風邪が流行した1818年以前に生まれた人と、以後に生まれた人とでは、以前に生まれた人に免疫が強くあることを発見、豚を使った数々の研究により近代ウィルス学を確立した。

9.1930年以降の問題は顕微鏡の精度。ドイツの科学者たちの開発した電子顕微鏡で、光よりはるかに波長の短い電子線を使っているので、1ミクロンの1000分の5、つまり0.02ミクロンくらいのサイズのものまで見えるようになり、12種類のウィルスの素顔を暴くことができはしたが、細部の構造までは判らず、日本脳炎ウィルスなどはまるで車のフロントガラスに吹きつけられた水滴の網のようで、天井の斑点を見るようだった。そこで、天体望遠鏡で使われているアルミ箔と片面の金メッキ、タングステン材の金属の膜状の物体の噴霧を顕微鏡に利用してみたところ、細菌の影がサイズはもとより、突起を含め素顔を浮き彫りにさせた。それは1万分の1ミリという微小な生物というだけでなく、変幻自在に形を変える仕草や、細胞や栄養状態によって様々に形を変化させる様子に加え、環境によっても姿を変異させつつ増殖する二代目ウィルスが古い細胞から脱出し、新たに寄生する細胞へと転移する行動をもはっきり見られるようになった。

 ウィルスとは世界で最小の生物(20-400ナノメートル)で、バクテリアですら宿主にしてしまう。ウィルスは独立の単独の生命体としては生存できず、生きた他の生物体のなかでしか増殖できないという宿命をもつ。

10.風邪の種類:

 1)冬期・冬風邪インフルエンザ、パラインフルエンザ、RSインフルエンザ、ラノイウィルス(小児麻痺を起こすポリオウィルスに近似)。互いに争うが、インフルエンザが最強。

 2)春期・はしかウィルス、おたふくウィルス、

 3)夏期・エンテロウィルス、アデノウィルス、

 4)秋期・溶血性連鎖球菌、オリンピック熱

11・細菌より小さい生物が存在することに最も早く薄々気づいたのはルイ・パスツール(1821-1895)で、免疫現象の研究で金字塔を打ち立てた学者。代表的な功績は狂犬病ウィルスの発見とワクチンの開発。病原菌を他の動物に次から次への注入していくと、病原性が固定化、安定化することを突き止め、さらに病気にかかって死んだ動物の脊髄を乾燥させると病毒が消えることも判明し、これがワクチン開発の糸口となった。

12・インフルエンザの語源は、日本語の「影響」を意味する英語の「Influence」、1980年までは死亡者はほとんど皆無、軽い病気であるとの認識が一般的だった。

13.日本で、地域によって土葬から火葬に変わったのは、風邪が原因だったのではないとか推測される。ちなみに「流行性感冒」は江戸末期の言葉。江戸期の日本における風邪は、窓口は長崎であり、長崎から九州、中四国を経て関西に至り、その後江戸へというコース。もう一つは、中国から冊封され、貢物を毎年送っていた琉球が中国から持ち込んだウィルスを薩摩経由、江戸に運んだコースが考えられる。

14.1965年にウィルスの分類が決まり、最初に発見されたウィルスは「A型」で、スペイン風邪、アジア風邪、香港風邪が入る。「B型」は1940年の発見で要注意存在になりつつある。1947年に発見された「C型」は感染力が弱くほとんど問題にならない。

15.1947年にイタリアから発生した「イタリア風邪」が欧州、トルコ、アメリカへと拡散したが、1950年には中国で新たにインフルエンザウィルスが通常の数倍の速度、「アジア風邪ウィルス」と命名されたウィルスはたった1か月で中国全土を席巻し、鉄のカーテンを破って、香港へ侵入、香港はたちまち人々に感染し、都市全体が麻痺状態に陥った。次いで、第一のルートは日本に到達したが、5月だったため、気温が下がる秋になるとあらためて増殖が始まり、全国で流行、日本からハワイへと飛び火、アメリカ西海岸へと向かった。第二のルートは、ヴェトナム経由、フィリピン、シンガポール、タイ、インドネシア、豪州へ、第三のルートは、インドから中近東を経由して、欧州へ。第四のルートはシルクロードを経、東欧へ向かい、次いで西側欧州へ侵入。第五のルートはソ連邦を経由して欧州へ。当時の記録によれば、世界人口の30ー80%が感染したが、幸いなことに死亡率は低く、0.1%ですんだが、日本では5万人以上が死亡、このときも日本人のインフルエンザに対する弱体質が暴露された。

16.中国が発生源となった「アジア風邪」はドイツの教授の調査研究の結果、イタリア型であるが、半分は鳥がルーツを媒介し、人体でウィルスが混ざり合って新しいタイプのウィルスが誕生したことを立証した。また、オーストラリアの学者は中国を歩きまわり、豚の200頭から20種ものウィルスを採取した。豚が人のウィルスと鳥のウィルスを呼び込んでいたわけで、鳥と人のウィルスの交雑性が存在することを明らかにした。中国の南の家庭では豚と起居を共にし、日中は水辺でアヒルや豚が戯れている。さらに、季節が来ると、渡り鳥の鴨がソ連からやってくる。鴨からアヒルへ、アヒルから豚へというルート。中国の南がインフルエンザの巣であり発生地であることを突き止めたため、WHOではこの新事実に着目し、全世界に向けて鳥の世界でのインフルエンザウィルス監視体制を指示し、中国国内にも定置観測地を何箇所かに設けた。

17.人間の身体がもつ防衛システム:

 インフルエンザの典型的な症状「鼻水」には「ムチン」という物質が含まれ、ムチンはインフルエンザが工場である人体に忍び込む際の鍵であるHA蛋白の働きを邪魔する。鼻水は生態の防衛反応の第一歩。鼻腔粘膜の細胞が破壊されると、周辺にある毛細管から白血球やリンパ液、マクロファージが駆けつけ、ウィルスを撃退しようとするが、多勢に無勢で無法者の進攻を食い止めることができない。ウィルスは増殖を続け、二日くらいで百万個に増える。そこで、インターフェロンという物質が瞬時に出て、ウィルスの排除にとりかかり、結果ウィルスの数は一時的に激減する。しかし、インターフェロンは臨時に働くだけで、ウィルスが減ると、役割りを終えたと判断し、去ってしまう。次いで、感染後に本格的な防衛軍が編成され、ウィルスへの攻撃を開始、体外に追い出す。こうして一般的には体は復調する。

 白血球は巡査のように体内をぐるぐる回って細菌や病原菌が侵入してくるとアメーバ運動をして追いかけ、捕まえた細菌は細胞のまわりにある果汁状のリゾチームという細菌を溶かす食胞に送り込んで食い殺してしまう。本格的な防衛軍というのは抗体であり、免疫反応といわれるもので、生物本来の防衛反応と考えられている。抗体は一度体内に蓄積されれば、かなり長期にわたって、その本来の働きをやめることはなく、人体を守る。

18.免疫には「体液性免疫」と「細胞性免疫」とがあるが、はしかや天然痘といった細菌に病原体が巣くうタイプには「キラー活性」との別名をもつ「細胞性免疫」の免疫が効果的であり、反対に血液に侵入したウィルスが肝臓に達して悪さをする肝炎には「体液性免疫」をつくれば必ず防衛は可能。

19.ワクチンを打っても、インフルエンザに感染する無反応型の、抗体をつくらない人もいて、これを「無反応型」といい、無反応ではないが、効果の希薄な人もあり、これを「不全型」という。一方、日本の研究者は、ワクチン効果を高めるための改善に取り組んでおり、日本はワクチン開発では世界でもリーダー的存在。

20.風邪予防にマスクはほとんど効果がない。マスクより石鹸でよく手を洗うこと、うがいも水ではなく、イソジンを使わなければ意味がない。

21.1985年に流行したインフルエンザのウィルス採取をし、分析したところ香港型だが、ワクチンが効かなかった。感染者が増え、さらに調べてみると、三段跳び、八艘飛びして変異したインフルエンザであることが判明し、困惑しているうちに、あっという間に40万人が感染、放置すれば200万人の感染者が出ると予想したとたん、流行がぱたっと止まった。これは複数のタイプの異なるウィルスが出てくると、互いに牽制しあい、互いに潰れてしまうことを物語っている。

22.地球の温暖化による熱帯特有の病気、でんぐ熱、マラリア、黄熱病などが北上する可能性があるし、オゾンの破壊がウィルスに突然変異を促す可能性もある。インフルエンザの新型について最も必要なのは早期の情報であるが、研究者の功名心で情報が即座に開示されないことがしばしば起こる。インフルエンザの強力なタイプのウィルスは一週間あれば、世界を席巻する。各国が協力して、ウィルスに立ち向かう体制が大切。一方で、情報は早いが、確実性を欠く情報もあり、とくにロシアからの情報にそういう類の信頼のおけない情報が多い。

 以上ポイントを記したが、物足りなかったのは、初版が1994年のことで、本書が著されたとき、サーズ(SARS)は誕生していなかったために、これにについての記述がなかったことである。

 人類の絶滅は地球の温暖化より、細菌の突然変異による地球規模の蔓延ではないかと私は思っているが、作者はそういう威嚇的な表現はしていない。


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