エロス礼賛 世界のエロティック・アート探訪/福田和彦著

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エロス礼賛
「エロス礼賛 世界のエロティック・アート探訪」
福田和彦著
河出書房新社 2002年6月初出

 
 当年77歳になる著者の、この種の作品への意欲には脱帽の思いとともに、羨望を禁じえない。

 カラー写真が多く挿入され、解説があるが、「世界の・・・」とは言いすぎで、紹介される絵や像は日本をはじめ、中国、インド、トルコ、ネパール、イタリア、ギリシャ、エジプトだけで、ことに中国、インド、トルコが頻出している。

 著者は「欧米人たちのポルノ狂いはここ30年ばかりのことで、19世紀末にフランスの内科医がインドの性技を紹介したことにはじまり、欧米人は性愛については知恵遅れだ」といっているが、本ブログに書評した「ヴァギナ」からも西欧では性愛のことが長期にわたり宗教的な弾圧下におかれていたことが知られ、納得のいく見方である。

 さらにいうなら、戦後に成人になった日本人の多くが米国のポルノから性技を学んだことも確かで、戦前、戦中、戦後の世代が性に関して無知蒙昧だったことも事実であり、「西欧の性愛が知恵遅れだ」と言える立場にはない。嘘だと思うなら、そういう年代の女性に訊いてみたらいい。「結婚して、性生活を送るようになって、いつオーガズムを感ずるようになったか」と。これは男の側のセックスに関する無知のしからしむるところだったと思う。

 ただ、これ見よがしの絵はそれぞれが相似のもので、目新しいものはわずかであり、人間のやる性行為の手法に限界のあること、ことに絵にするうえでの限界をあらためて認識させてもらった。インド、ペルシャでは座位が主軸で、これがレクリエーションとしての性愛行為に耽溺できる体位だからだとあるが、体位の好みは人それぞれであろう。

 西欧で女性上位が多いのは避妊を配慮しているからだという点はなるほどと思った。ただ、インドのヨガが射精を抑止し、妊娠を避ける目的をもっていたという話があるが、このヨガの目的はついに実現せず、インドの人口はいまや10億、11億と増え続けている。「カーマ・スートラの国よ、みずからの性愛と生殖とを、もっと巧みにコントロールせよ」といいたくなる。

 19世紀末までの出産は世界中どこでも「座位」か「立位」で、重力を利用しつつ、垂直に産み落とす方式だったのが、出産の仕事を産婆から医師へと奪ったためベッドで横に寝て出産するという、より苦しいものとなったという説明には十分納得できるものがある。

 著者は中国の性表現をしきりに褒めるけれども、過剰な誇張と、大言壮語、単なる美辞麗句を充てているだけで、実感とはほど遠い。「「当意即妙」との印象はきわめて希薄、暇にまかせ、考えて考えたあげくの表現だと私は思っている。

 むしろ、絵に出てくる中国人女性の、纏足(てんそく)された足の小ささと顔のサイズとが対比的に違和感が強いという以上に醜悪なものに映り、反吐の出る思い。 日中国交回復がなった直後、中国を訪れたときには、まだ纏足の名残があり、よちよち歩きのおばあさんの姿に言葉がなかった。 そのときの記憶はなお生々しい。もっとも、纏足をしたのは良家の娘で、下流社会では女も働き手であったから、纏足はしたくてもできず、上流階級の者からは「大足女」と呼ばれて侮辱されたと聞く。


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