カオス/ジェイムズ・グリック著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

chaos

「カオス」 ジェイムズ・グリック著
大貫昌子訳  新潮文庫
原書名 [chaos making a new science]

 

 まえに「複雑系」という書について本欄に記載したが、それと並ぶ科学書。

 正直いって、両書ともにむずかしい。ちなみに、カオスとは混沌とか混乱を意味する。

 人は一般に安定とか平衡状態を望み、不安定なものを忌避する傾向がある。物理学者にも数学者にも同様の志向がある。とはいえ、自然環境には無秩序で、予測を許さないものが少なくなく、ときに自然は突飛で、突然変異的な姿を唐突に曝しもする。

 本書は解りやすい例として、雪片を採り上げて説明する。

 雪のカケラが六つの枝を出して結晶することはよく知られているが、地上に落下した雪片に同じ紋様のものはない。水滴が数時間かかって風のなかを漂い、熱を発散させつつ凍結を開始、刻々と成長し、地上に舞い降りる。雪片の枝先は自然にそなわった分子的均衡によって六つの方向に成長するが、枝先は一瞬一瞬大気の温度、湿度、不純物などに敏感に反応し、形を変える。大気が乱れていれば、どの雪片も同じ進路を落ちず、落下中に通った天候変化の歴史を記録しつつ変化する。変化の組み合わせは無限。

 私は車のなかにいて、たまたま雨滴を見ていた。すると、フロントガラスにぶつかってくる滴がどのひとつとして同じ形や姿で流れ落ちることのないことに気づき、本書の雪片の話を思い出した。

 カオス理論は「自然は秩序だっており、予測可能である」との長いあいだの迷信(桎梏といったのは科学者の一人、ジョゼフ・フォード)から多くの学者らを解き放ったという。それまでは安定、秩序、予測可能という、いわば道徳的に安堵する思考にとらわれていた。

 カオスが適用される対象には、生物の器官、人間の免疫機構、病原菌の増殖や蔓延、分泌物の動き、細胞の運動、一国の経済、人口動態、などなど数え切れない。

 カオスが科学として認知され市民権を得るまでには数々のエピソードがあり、苦難があった。本書はそうした学者や研究者間の確執、葛藤などの実態にも触れているので、難しい内容ながら、最後まで読者を引っ張っていく。(むろん、嫌いな分野でなければの話だが)

 記憶に残った言葉:

1)宇宙には目的意識がない。一方方向に流れていく。そういう枠組みのなかに我々は存在する。

2)天気を予報することは将来にわたってむずかしい。流体を相手とするからだし、前例に捉われないから。

3)研究フィールドの細分化はときに互いの無理解と無視を招く。物理学者は物理の言葉を、数学者は数学の言葉を使い、互いに意思疎通不能になる。

4)自然は外界からのランダム(非規則的)な影響を受けており、ときに突飛で不可解な動きをみせる。

 さいごに、本書を翻訳した人が1932年ソウル生まれの日本人女性であることを記したい。文庫化された本書にしても500ページを越す量であり、内容はサイエンスの専門用語がふんだんに出てくる難解なものだ。訳者の語学力はもとより、その熱意と適切な表現には敬意を覚えたし、大きな感動をいただいたことを伝えたい。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ