カスターブリッジの市長/トマス・ハーディ著

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カスターブリッジの市長

カスターブリッジの市長」  トマス・ハーディ(1840ー1928/イギリス人)著
上田和夫訳  潮出版社
2002年12月初版  ¥1905
原題:The Mayor of Casterbridge
イギリスでの完成版の初版は1886年

 

 読了したあと、感動で胸が締めつけられ、しばらくは言葉がなかった。

 この物語は、イギリスで蒸気機関車が発明され、牧歌的な農村が次第に資本主義的な色彩を帯びようとする、過渡期の時代を背景とし、イギリス南部の小都市を舞台に一人の強烈な個性をもつ男の生涯を綴ったものである。

 男のキャラクターはエゴの塊、頑固なうえに烈しい情熱の持ち主。たぶん、どんな読者も物語が終わるまで、この男に好感をもてないのではないかと思われるが、自身のもつ矜持と誇りを最後まで棄てず、そこに徹して死んでいく姿の壮絶さと痛々しさに圧倒され、胸の潰れる思いを味わうだろう。

 ときは19世紀、居酒屋、小さなホテル、民家、貧民窟、市場などが散在する町。周囲は麦畑や小川、そしてローマ時代の遺跡が残る荒涼たる風景のなかを馬車が走るといった、イメージのなかで物語は紡がれる。

 一人の男が女の子を抱く妻を連れて馬の競りを行う市場へ向かう姿から始まり、男が市場の一隅で酒を飲んだあげく、突然、「妻と赤子を競りにかける」といいだし、買い手を求める。妻を含め、だれもが呆然とする中それに応じた水夫が5ポンドで引き受けるという、衝撃的な場面が提示される。このあまりに非常識な男と、売られた妻と子、そして買い取った水夫が、その後どのような運命をたどるのかという興味を抑えることができず、一気に読まされてしまった。

 解説によれば、作者の作品は日本でも昭和初期には数冊が翻訳され話題になったが、日本のみならず西欧においても、作者の死後はほとんど顧みられずにいた。2000年に「めぐり逢う大地」というタイトルで本書が映画化されて以降、作品の見直しがはじまったという。 また、作者の「人間の性格が運命である」という言葉にはそれなりの含蓄が窺える。

 主人公のキャラが強すぎて、他の登場人物の影が薄いという印象は否めないが、人物の配置という点には絶妙なものがあり、またイギリスという国で、男がこれだけ居丈高に威張って存在できたという話に驚きを禁じえない。これも、時代のなせる業であろうか。

 ギリシャ神話、聖書、シェークスピアなどの言葉や人名が比喩として頻出することには時代の反映を感ずるが、この部分を目障りに思う読者は飛ばして読んでも、本書の流れから外れることはない。

 「男の有為転変、起伏の激しい人生の展開に翻弄された」というのが読後の正直な感想である。そして、「これが男だ」という、ちょっと古いかも知れないが、そういう想いが脳裏から消えずにある。


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