カニバリズム/ブライアン・マリナー著

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「カニバリズム」 ブライアン・マリナー(イギリス人)著
原題:Connilibalism:The Last Taboo
訳者: 平石律子
青弓社発行  単行本 1993年初版

 

 「カニバリズム」とは「人肉食」を言い、本書は現代人のほとんどは顔を背けたくなるような内容の「人肉食」の歴史を、古代から現在まで、ほとんどは過去の文献、資料を漁って、まとめたものである。

 作者は自ら強盗犯の罪で5年間の刑務所暮らしをした経験を持つ人物であり、想像だが、そうした経緯の自分勝手な弁護、言い訳を目的としつつ、自らの内にも犇(ひしめ)く猟奇的嗜好がベースになった作品ではないかとの予測とともに読み始めたが、最後までその想像が雲散することはなかった。

 確かに、作者が言うように、人類の祖先が「エレクトス」と呼ばれる二足歩行を始めた時代から百万年が経過している。「文明はわずか数千年に過ぎず、育まれた社会倫理はなお薄っぺらであり、仮面を剥げば、我々はいかに原始時代と大差ないか、埋もれたはずの原始的な衝動が今尚いかに生々しいかを問い直すために」この著作を上梓するに至ったという。今だに戦をし、殺し合いをする現代人という観点からは、「文明はなお薄っぺら」という表現に抵抗感はない。

 カニバリズムで思い出すのは、まず日本人のパリ留学生で、IQが天才的に高い男性だったが、1981年、恋人だったオランダ人女性を撃ち殺し、彼女の乳房を料理して食べたニュース、もうひとつは1972年、アンデス山脈に墜落した飛行機で16人の生存者らが、積雪のために腐敗しなかった死者の肉を食べることによって飢餓を免れ、70日間を生き延び、体力のある男性が幾つもの山を越えて農夫に助けをもとめたケースである。

 本書を読んで初めて知ったが、日本人留学生はパリから日本に移送され、処刑を免れ、その後ドイツのテレビ局に出演したというが、彼は女性の乳房、大腿、唇を食べたことを自白した。また、思春期から若い女を食べることを夢見ていたという。(これは完全に狂気という以外にない)。

 人肉食が世界のあらゆる土地で証拠だてられているわけではないが、人類が猿人に近かった頃、ほとんどの猿人は人肉食の習慣があったに違いなく、現代のように、動物の死体が簡単に入手できなかった時代、それは特別に嫌悪感をもたれずに生活習慣となっていただろう。また、動物を入手することに進歩した段階で、人類は長足の進歩を進化論的に果たした可能性がある。食料の入手に時間の大半をとられていた状況からの脱却が可能になったということだ。

 紀元前6千年前まで、土器が発明される以前には、人間の頭蓋骨が鉢や椀に使われていた形跡があり、アメリカインディアンの遺跡に残る頭蓋骨のすべてに穴が開けられ、その事実からは脳を食する習慣があったことが推測されている。さらに、北京原人(ピテカントロプス)にも、ネアンデルタール人にも、クロマニョン人(ホモ・サピエンス)にも、人肉食があった証拠が発見されている。その後も、人の肉を食べる習慣は石器時代、新石器時代、青銅器時代を通じ、長期にわたって継続したと思われる。

 「動物の肉と人の肉とを区別しなかった時代、人肉にことさらの嫌悪感をもつはずはなかった」という作者の言には反論の余地がない。

 メキシコのアステカの生贄主義と人肉食は、人間の肉を好んで食べたいという欲求からのものではなく、あくまで宗教的な儀式として必要だと考えられたからで、個人の尊厳より、民族の繁栄祈願が優先された結果であり、当時、個人は専制君主や神官にとって、消耗品に過ぎなかった。同様の風習はインカにも、マヤにも見られる。メキシコ、中南米における人食いの習慣はスペイン、ポルトガルからの宣教師らによって、やめるよう指導された。(その後は、現地人の多くが宣教師の後から侵略を開始した兵士らに殺されているが)。マヤの土地からは生贄にされた少女のミイラが数多く発見されている。

 アフリカでは、ほとんどの土地に、宗教や信仰とは関係なしに人肉を好んで食べた習慣が最近まであったという。彼らの言によれば、「人肉はジューシーで、動物の肉に比べはるかに美味だ」と言い、宣教師に向かって、「動物の肉は食べてもいいのに、なぜ人間の肉を食べてはいけないのか」との疑問に、アフリカ人を納得させられるような回答はできなかったばかりでなく、多くの宣教師が世界各地で食べられている。ただ、牛を飼っていたマサイ族には、人肉食の習慣はない。

 南太平洋に浮かぶ諸島、ニューギニア、フィジーではごく最近まで人肉食が行なわれ、ことに食用となる動物のいないフィジーでは宣教師の説得に容易に応じようとはせず、西欧人が豚を同島に運びこむまで継続したという。ニューギニアは、現在でも、全土の地図が詳細には載せられないほど深い森に覆われ、人跡未踏の地が存在する事実からも、人肉食は現在でも行なわれているとの憶測がある。太平洋戦争時、日本兵の死体は彼らの餌食になっている。日本兵はフィリピンを逃げ回りながら、飢えを凌ぐために、ときにフィリピン人を捕らえ、これを食料としたのも事実。

 一般には、ボルネオのダヤク人のように、部族間の抗争の果てに、敵の人体を食用にするというケースが多く、敵への復讐心から脳を食べる習慣とともに、敵の勇猛な戦士への尊敬からその男の肉を食べる習慣があった。

 また、部族の長が死んだとき、部族全員がその体を分け合って食べることで、敬虔な気持ちを表し、親族が死んだ場合は、親族で死肉を分け合って食べ、死者が親族の体内に生き続けると信じたというケースもある。

 オーストラリアのアボリジニは死者を焚火で燻製にし、腐敗から守り、保存食とした。また、種族が飢餓に瀕したとき、幼児らをすべて殺して食べたという。

 ニュージーランドのマオリ族はアボリジニ族よりはるかに人喰い嗜好が強く、かられに言わせれば、人肉は豚肉に近似しているという。また、白人よりは黒人の方が美味であり、男性よりは女性や子共が美味であり、さらに女性では乳房が最も美味という点、ほとんどの土地の人肉食を習慣とする人間は共通した味覚感想を披瀝している。

 人肉の料理の仕方には、煮る、焼く、茹でる、燻製にする、生で食べる、血を吸う、脳を生で食べるなど、土地によって多少の相違がある。

 クリーブランド生まれのゲリー・ヘイドックは、現代人の人食いの原型。彼は娼婦や精神薄弱者の女性ばかりをターゲットとし、捕獲しては監禁し、食用に供していたが、彼の深層心理には女性を所有することが支配欲に繋がっていたという。彼は監禁、レイプ、拷問、殺人の末に、死体を口にした。

 アメリカでも、イギリスでも、同様の事件は起こっており、なかには数人を監禁した上、料理した死体にドッグフードをつけて、監禁している女性らに食べさせたケースもある。

 ドイツでは、1920年代、第一次大戦直後の疲弊した時代、三人の人食いが有名で、ハールマンという男は証拠が挙がっているだけで27人の少年を殺害、肉を解体し、市場にもっていって販売していた。グロスマンは女を殺し、ソーセージ肉に混ぜ、販売していた。デンケは30人以上の浮浪者の肉を塩漬けにし、保存食にした。

 ロシアで史上空前の殺人数で有名になったのは54歳の教師、チカティロ。1978年から少女を林のなかで殺害したことに始まり、女性、少年を含め、全部で53人を殺害。男の自白によれば、レイプし、殺害し、死体を破壊し、ときには臓器を抜き取り、死体の一部を食べたと認めた。食べた部分は少女らの性器がメインだった。

 カニバリズムは人間最古の食生活だった。近代では人肉食習慣への嫌悪感は人類に共通したものだが、死体を神聖視する宗教によって導かれた倫理観といっていい。とはいえ、人類の軌跡の期間からいえば、ほんの僅かな時間でしかない。イギリスがアイルランドをいじめていた頃、イギリス人の大地主は(といっても、武力で無理やり奪った土地だが)、貧しいアイルランドの農夫から幼児を買い、シチューにしても、ローストにしても、焼いても、栄養豊富で、健康に良い食材になると明言している。売り渡したアイルランド人はまさか子共が食われるとは思っていなかっただろう。

 1991年には、中国のレストランで、人肉を詰めた餃子が売られ、美味との評判を得、商売は繁盛したという。

(ブログに書いたことがあるが、香港がイギリスから返還される前、香港のレストランオーナーは中国本土の「一人っ子政策」に便乗、子宮内の子が女であることがわかると堕胎したケースが多発、産院から堕胎した子を買って、レストランで料理し、販売し、美味との評判を得たという話もあるし、使用人が雇用主の夫婦を殺害、冷凍室に牛や豚と一緒に保管しておき、時に応じては、料理して、テーブルに運んだという話もある。また、3,40年前だったと思うが、千葉県の船橋駅の近くの屋台で人間の肉入りのラーメンを出していたという話も記憶にある)。

 読書しつつも、吐き気を催しながら、最後まで、一気に読んでしまったが、正直な感想を述べるならば、文献や資料を漁ってしかまとめることができないテーマであることは理解できるが、まとめ方にはもう一工夫すべき余地があり、全体的に文章が下手で、ぎこちない印象が抜きがたく、訳者も苦労したのではないか。

 本書は、つい先日、本ブログに書評した、立花隆さんの「ぼくはこういう本を読んできた」に紹介されていた書籍のうちの1冊である。その後、文庫化された形跡はないから、ある意味で貴重な一書だとはいえよう。

 考えてみると、狩猟民族であったというより、木の実や種を主食として移動生活をした時代の短いわが国では、稲作が始まった弥生時代から、小麦、粟、稗、米などと近海から捕獲できる魚介類を主食とした時代が続き、1860年代、ペリーによる開国を余儀なくされるまで、人を食べる以前に、鶏は例外として、四足動物さえ食べることを嫌悪した時代が長く続いた。(たとえ、海に棲むタコやイカを口にする事実が欧米人からは奇異に見られたにせよ)。山林地帯に住むマタギ(動物ハンター)や樵(きこり)は別にして、あるいは、犬を食べた一部農家の人々は別にして、「四足を食べると、生まれる子共も四足になる」などという迷信すらあったため、明治に入って、ビフテキ屋が横浜に開店しても、足を運んだのは外国人が多く、日本人が牛や豚の肉に親しむのは、むしろ太平洋戦争後のアメリカの影響からではなかったろうか。

 尤も、沖縄では琉球王国時代に中国から黒豚を持ち込み、宮廷料理として発展してきた過程があるから、日本本土とは若干の違いはあるし、戦後もアメリカの統治下に入ったおかげで、アメリカ牛を安価に口にすることがきた。

 現在、世界一美味の牛肉を産する国になったことからは、歴史の不思議を感ずる。それはとにかく、世界で「カニバリズム」に最も無縁に過ごしたのは、動物でさえ口にすることを嫌悪した日本人であると、私は思っている。だから、日本人の平均身長は世界でも、一部の少数民族を除いて、最もチビなのだ。人間を食わなくてもいいから、動物の肉をもっと食っていたら、少なくとも、中国人の平均身長ほどはあったであろう。

 ただ、同種の動物同士の共食いは結果として、牛が牛を食うように狂牛病に冒される。ニューギニアの奥地にはそのようにしか見えない現地人がいると仄聞する。


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One Response to “カニバリズム/ブライアン・マリナー著”

  1. withyuko より:

     人間の肉が美味しいとか、考えただけで、気持ち悪くなってきますね。牛やブタの肉は食べるのにどーしてでしょう?
     後半、とても勉強になりました。肉自体を食べる歴史が浅いから特に日本人は、人肉を食べるのを気持ち悪く感じるのですね。
     でも、よく最後まで、一気に読破されましたね。
    私、Hastlerさんの書かれた書評を読むだけで気持ち悪くなりそうです。”佐川くん”なんて狂人じゃないかと思ってしまいます。昔、「佐川くんからの手紙」という本が流行ったことありましたよね?お読みになりましたか?
     

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