カヌー犬・ガクの生涯/野田知佑著

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カヌー犬 ガクの生涯

「カヌー犬・ガクの生涯」 野田知佑著 文春文庫

 最初に、「ペットでない犬との同居、同伴は、これに過ぎる関係はない」ということを感じた。

 著者のような自然への造詣の深さがあれば、日本といわず、海外の大河においても、食に困ることなく、悠々自適ができるだろうが、いわゆる現代の普通人にはしがらみが多すぎて不可能な旅であり、それがわかるから、野田さんの自然とバランスをとった移動生活は羨望の的だ。

 清々しいまでの自然とのつきあい、それに犬が同伴者として存在することには、最高のパートナーという印象がある。

 言葉が淡々とし、文体にしつこさが欠けていることが、この本の趣旨ともあいまって、むしろ清らかな印象を読者に与え、拘泥を棄てた男らしい香りを放ってもいて、一冊の本として成功している。

 犬をペットとして家庭におき、リボンをつけたり、服を着せたり、毛をカットしたり、香水をふりかけたりする話を耳にするが、そうしたペット犬とは比較を絶した「ガク」の生き様には脱帽のほかはない。(現実、東南アジアに限らず、発展途上国では犬はペットではなく食用である)。

 犬を海外に連れていく、飛行機に乗せる、電車に乗せる、バスに乗せる、ホテルに泊める、そういう扱いに進歩している現状を盛んに喧伝する向きがあるが、野田さんの実体験からは、あちこちの人間どもの、犬に対する扱いは侮辱的ですらあり、いずこも後進性を感じさせる。地域によっては、宗教的な思念から、犬を毛嫌いする風習はいくらも存在する。

 そのことは別にしても、野田さんの生き方に共鳴を覚える人は少なくないだろう。現に、私も、若い頃、そういう旅に憧憬心をもち、高校時代に山岳部にも入って、「いずれは」と意気込んだものだが、希望はいまだに達せられていない。そのぶん、本書を読むことで、わずかならが、満たされなかった若い時代の鬱憤を代わって払拭してもらったという感じだ。

 さいごに、本書を読んでいて、本プログで書評した「サンカ(山家)」の話を思い起こした。川という自然に習熟していさえすれば、川は豊穣の食の供給源であり、本書の著者の移動範囲は日本中の川はおろか外国の川にまで及んでいるのに比べ、江戸時代の飢饉が出発点となって山に入った「山家」たちの移動範囲はごく限定されたものであったろう。が、それでも、野田さんが魚を捕る技術、山菜を採取する技術には山家のそれを想起させるものがある。

 著者が椎名誠という誠実な、大らかな、自然の好きな、世界中どんなところにでも出かけていく度胸の持主と知り合えたことは大きなプラスになっていることだろうし、著者の運の強さだと感ずるがいかがだろうか。また、沢野ひとしさんというイラストレーターが解説を書いたのも、これも人選として当を得ている。


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