カメレオンは大海を渡る/橋元淳一郎著

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カメレオン

  「カメレオンは大海を渡る」  橋元淳一郎

   早川書房  2003年6月文庫初版

 本来、「名は体を現す」べきであり、「タイトルは内容を示唆する」べきものだが、本書の内容は宇宙、太陽系惑星、地球などの天文学や物理学に関するものであって、「カメレオン」の話などは僅か数行触れるだけ。しかも、カメレオンの故郷であるインド洋のマダカスカル島がアフリカ大陸と陸続きだった頃に世界各地に散ったという、ごく当たり前の話で終わってしまう。

 とはいえ、全体の内容自体には知識欲を充足させるには十分なものがあった。なかから、とくに目を惹いた、関心をもった箇所を抜書きするが、文章には多少の変更を加えたことをお断りしておく。以下は書評という以上に備忘録である。

1.顔は両親の顔がどうであれ、受精卵が分割していく過程で脳を形成する神経管と呼ばれる細胞が送るシグナルによって決まる。

2.口臭の主な原因は舌にある。喉に流れこんだ鼻水が舌の付け根付近に溜まり、細菌がそこに存在する蛋白質を分解して、様々な悪臭を放つ化合物を発生させる。プラスティックの舌クリーナーで優しく舌を磨くのが最も効果的に臭いを消す方法。

3.最も生存率の高い睡眠時間は6.5時間から7.4時間といわれる。(NHKの「ためして合点」でも紹介されていた)

4.スコットランドでの実験によれば、IQの高い人ほど寿命が長い。但し、IQは脳の能力のきわめて限られた働きを示す尺度でしかない。脳にはほとんど無限に近い働きがあり、そのうえ、繊細かつ微妙。IQがおおむね40から70ほどの低い知的障害者、脳損傷者、自閉症患者の一部の人には、驚異的な天才的才能を持つ人が現存する。7600冊の本の内容を丸暗記できる人で、コンピューター並みの記憶力を示す人もいる。

5.DNAの塩基配列がすべて解読されることと、遺伝の仕組みがすべて明らかになることとは別の次元の話である。遺伝に直接かかわる部分も塩基配列そのものと個体の特徴や特性との関係は一部の遺伝病などの仕組み以外はほとんど解っていない。

6.100年後、クローン人間はごくあたりまえの人間として無数に存在するであろう。そのことは人類にとって避けられない宿命。(百年後も人類が存在していれば)。

7.エイズはインフルエンザと同じく、ウィルスが原因であるが、免疫系そのものを破壊する、いわば恐るべき特殊部隊。しかし、昨今では感染の阻止はできなくても、症状を緩和するワクチンが多数開発され、「エイズ=即=死」というイメージは薄らいでいる。とはいえ、新しい薬が開発されれば、それをすり抜ける突然変異が現れることもあり、決して楽観は許されない。

8.マラリアでは現代でも毎年100万人以上が伝染病で命を失っている。マラリアの正体はウィルスではなく、マラリア底虫という微生物。蚊が媒介するもの。起源は人類が狩猟生活から農耕による集団生活をはじめた頃に出現したとみられている。

9・癌は自分自身の細胞の変異にある点、いわば身内の造反といえる。増殖を抑える物質としてP53という蛋白質が注目されている。これがストレスにさらされると活性化し、細胞分裂を抑制、細胞死を引き起こしたりする。ところが、マウス実験によって、このP53が生物個体の老化を早めることが判った。この蛋白質に依存するかぎり、癌細胞の抑制と寿命は両立しない。

10.人類の進化については諸説あって、混迷を深めている。発見された証拠に関して研究者の意見が一致しない。ヒトとチンパンジーが分岐したのはDNAの比較から、およそ800万年前だろうと考えられている。400万年前までのいわゆるミッシングリンクとして、2000年にはケニヤで600万年前のオロリン猿人が、同じ頃にエチオピアで550万年前のラミダス猿人がそれぞれ独立に発見された。ところが、2001年にチャドで発掘されたサヘランロブス・チャデンデシスは670万年前のもので、最古の人類と呼ぶべきもの。それまで、証拠となった遺骨が一貫してアフリカの大地溝帯の東で見つかったのが、チャドは西側であり、このために研究者間に混迷がもたらされた。

11.ゴリラ、チンパンジーは1991年以来、エボラ熱で90%が死亡しているが、そのうえに密猟があり、絶滅危惧種より危険な種と指定されるに至っている。猿を密猟し食用に供したことにより、ガボシでは3か間に50人が死亡、コンゴでは120人が死亡している。

12.渡り鳥は体内磁石によって方向感覚を得、また星座を識別できる。鳥の目を隠して飛ばすと、左目は方向を失わないが、右目は迷子になる。右目は左脳に繋がっていることから、磁気の処理が左脳によっているという見方が有力。

13.ウィルスがエイズやSARSなど恐ろしい病気の原因となるのは、人間の体が結局のところウィルスと同じ分子レベルの働きで出来上がっているから。「ナノ古細菌」という微小菌がいるが、ウィルスの小ささには到底およばない。ウィルスは生命というよりは蛋白質に包まれたDNA分子の塊。

14.アフリカ大陸の東西両側の海には、いずれにも中央海嶺があり、大陸は東西から押され、身動きできず、インドがユーラシア大陸にぶつかってエヴェレストが出来たように、3千万年までは平地だった大陸に多くの高地(キリマンジャロなど)が出来上がった。

15.プレートが沈みこむ際、海の水はどうなるかには二説あって、一つは火山活動によって消費されるため結局地表に戻ってくるという説、もう一つは地球内部に閉じ込められたまま溜まり、サイクルされず、いずれ地球の海は干上がるという説。

16.雲は窒素酸化物の結晶を含んでおり、その結晶がフロンガスなどに含まれる塩素を吸収し、春に暖かくなるし、太陽光線がこの塩素を活性化させ、その結果、オゾンが破壊されるというシナリオ。しかし、プラネタリー波が南極、北極を襲うと、成層圏の雲が吹き飛ばされ、オゾンを破壊する塩素も吹き飛ばされ、オゾン層は守られる。

17.我々の銀河の中心にブラックホールが存在することはすでに証拠づけられているが、他の銀河の中心にもあり得るはずで、アンドロメダ星雲の中心には太陽の5000倍の質量をもつブラックホールがある。また、地球から数億光年離れた銀河、NGC6240の中心にニつのブラックホールが発見されている。我々の銀河とアンドロメダ銀河との共通点はバルジと呼ばれるふくらみが存在することで、このことからバルジのある銀河にはブラックホールがあり、ない銀河にはブラックホールは存在しないと推定されている。

18.ブラックホールはアインシュタインの一般相対論が最も顕著に現れる場所で、時空が90度歪んでしまって、時間も光も静止してしまう。普通定数である光の秒速30万キロメートルという光速は真空中のものであり、物質のなかを通過するときは当然速度は減少する。たとえば、屈折率1.4のダイヤモンドのなかでは、光速は30万キロメートルの1.4分の1、すなわち秒速21万キロメートルに落ちる。

19.スーパーコンピューターでも、200桁の因数分解は手に負えない。しかし、もし、ピーター・ショアのいう「量子アルゴリズム」が実現すれば、因数分解ができるだけでなく、現在のような暗号システムではコンピュターのシーキューリティは守れなくなる。

20.2003年に、数学者にはなかったノーベル賞の代わりに、「アーベル賞」がノルウェー政府によって設立された。

 作者は本書を著すにあたり、主に雑誌「ネイチャー」と「サイエンス」に掲載された論文から話題性のあるものをピックアップしたというが、そのため、上記しなかった話のなかには定説とはなっていず、未来の可能性を秘めてはいても、仮説、予測などが多く含まれている。上記は全体のほんの一部。

 本書は以上から見てきたように、「DNA」、「エイズ」「ウィルス」「癌」「マラリア」「エボラ熱」などを扱っていながら、後半部分では「人とチンパンジーの分岐」から「宇宙のブラックホール」まで扱うという幅の広い知見を網羅している。「カメレオンは大海を渡る」などというタイトルでは到底内容を伝えることはもちろん、一部でも示唆することにも失敗している。

 


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