クオリア再構築/島田雅彦&茂木健一郎著

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「クオリア再構築」  島田雅彦(1961年生)・茂木健一郎(1962年生)共著
帯広告:この時代、ぼくらに必要な脳と体のトレーニング
2009年6月30日 集英社より単行本初版  ¥1600+税

 

 本書は、愛と暗愚、銀河の剣、言語DJ、死と縄文、未来巡礼の5つのテーマのもとに、二人が2006年から2009年までに「すばる」で誌上対談したものを納めたもの、すべて会話体のまま収められている。

 「クオリア」とは、原則とか規範といった意味だろうが、二人の対談には大量のカタカナ文字、それも未だ日本語としては通用していない文字が使われている点、本書がインテリを対象にした書籍であることは明らかで、そういう本もあって悪いわけではないが、読解できる人の数は限られる。

 編集者は「作家と脳科学者が愛、権力、金、鉄、言葉、時間など、人の心の拠りどころである根源的な物事への理解と感覚を解体し、組み立て直す意欲的対談」と言ってはいるが。

 いきなり「オペラ」の話から始まる話題はオペラにも歌舞伎にも興味のない私には、本書を読む資格がないのでないかと読書欲が減退させられた。

 正直いって、私の関心を惹く内容のテーマもあるが、全く関心を惹かれない内容のテーマもあり、なかからこれはと思った点だけを「  」内に記してみる。(   )内は私の意見。

 「人も歩けば過ちを犯す。だが、諦めを知る人には救いもある。人生にはオプションがあって、挫折すなわち死ではない。凡庸な人生を振り返る者より、恥多き人生を振り返る者のほうが回想は甘い。輝ける人生は同じだけ恥に満ちている」 (もとより、「清く、正しく、美しく生きた、あるいは生きている」と言いきれる人はいまい)。

(麻薬に溺れたり、麻薬から抜け出せずにいたり、家庭を失ったり、ホームレスになったりし、再犯をくりかえす人々、とくに身体障害者、知的障害者への配慮が基本的にこの国には欠けている)

 「人間は何を造っても、結局は自然からはみ出すことはできない」

(だから、人間の創造物が自然を破壊し、人類を死に追いやる)。

 「ヨーロッパではフィンランド語とバスク語はシベリアやアフリカにある幾つかの言語と同様に、出自が不明。一定数以上の人間が使う言語は農耕型民族が集落をつくり、定着することで成立するが、狩猟牧畜型民族は定着しないために小数の人間しか使わない言語となり、消えてしまう例が少なくない。ちなみに、フランシスコ・ザビエルはバスク人だった。彼は中国で死ぬとき、バスク語で遺言した」

(バスクとはスペインとフランスの中間に存在するピレネー山脈にあり、丘陵地で他民族と隔絶して生きてきた人が住んでいたところだが、現在でも、バスク語は生きている。スペイン語とも、フランス語とも相似性がない不思議な言語。人の容貌はスペイン人とよく似ているとバスクを訪れた知己から聞いた。)

 「アルタミラの洞窟はピレネー山脈にあり、洞窟に壁画を残したのはバスク人の末裔」

 「ノーベル賞を掌握するスウェーデンは世界的にみれば、メジャーではないが、それを自覚する国がダイナマイトで一発逆転を狙ったようなところがある。ひるがえって、日本のインテリが世界にインパクトを与えた例は皆無」

(現在時点でいえば、アニメとコミックが世界を席巻しているし、黒澤の映画も、町工場の開発した技術も、江戸時代の浮世絵もかなりのインパクトを海外に与えたのではないのか。確かに、科学的な分野でのインパクトは希薄だ)

 「オノマトペが日本語に多いのは母親が子供に対して使う幼児語が日本語に多いから」

(オノマトペは韓国語にも多いし、オノマトペの多さは言語の柔軟性と表現の多様性を示していると私は思っている。「春の海、ひねもす、のたりのたりかな」などという俳句は秀逸である)。

 「質の高い文学や思想を残した人物のほとんどは例外なく、挫折を経験している。ダンテもマルクスも」

 「オーストラリアのアボリジニをはじめ、シベリアのカムチャッカやアリューシャン列島、アメリカのアラスカ、そういうところにいる人々の生活は2千年来変わっていない。アラスカのイヌイットの言語には雪や氷を表す単語の種類が非常に多い」

(イヌイットの言語には、ために、白を表す言葉が多い。と同様に、日本語には日本近海の魚ならほとんど名前があり、ドイツ語には山岳用語、医術用語、音楽用語、哲学用語が多いし、フランス語には料理名や化粧品名が多い)

 「インドネシア、マレーシアにほぼ共通する言語、マレー語は商業語として確立した」

(マレー語には日本語の精神と相通ずる言語が少なくない。例えば、「風の便り」というし、「雑魚寝」という。

 「ニューギニアというところは単位面積あたり分布する言語数では世界一。山岳地帯が多く、沿岸に道路がなく、それぞれの場所が互いに隔絶し、小数部族によって使われている」

 「かつて地球全体が凍結状態で赤道まで氷や雪に覆われていたことがあり、今の時点で大気温は百度も上昇している。地球の歴史には色々あったが、生命全体としてみれば、全部生き延びた」

 (現在の地球温暖化を否定するような発言だが、地球の億年単位の変化と、現今の人為的な二酸化炭素の排出、産業廃棄物の垂れ流しとは次元の異なる話だ。だいたい、地球上の人口は、ここ1世紀のあいだですら2倍になっている。地球の長年にわたる大気温変化を採り上げて、現在の地球温暖化に対する危惧を払拭することには無理がある。人口爆発は必ず食料、飲料の問題を世界的な問題として浮上させるだろう)。

 本書で「シャーマニズム」に触れた一章があるが、時代錯誤も甚だしい。


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