シーボルトの眼/ねじめ正一著

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シーボルトの眼

「シーボルトの眼」  ねじめ正一(1948年生)著
副題:出島絵師・川原慶賀
2004年5月 集英社より単行本
2008年12月20日 同社より文庫化初版

 
 史実と創作とがどの程度の割合で混交しているのか分明ではないが、シーボルトというドイツ人が日本を訪れたいあまり、オランダ人になりすまして出島にやってき、ドイツの医術を駆使したり、教えたりするかたわら、動植物に関心が高く、日本に生息するそれらの図鑑を作ることに意を注ぎ、現在でも、それがドイツに残っていることは知っていた。

 シーボルトがオランダ人になりすまして訪日してくれたおかげで、医療的な知識を受けることができたし、とくに解剖学にからんだ知識は中国からの単純な「五臓六腑」説とは繊細さも真実さも異なり、日本の医療に携わる人間にとって大きな壁を越える機会となった。

 本書は川原慶賀という絵師がシーボルトの眼の役をなし、誇張や虚飾のない、見たままの姿、形を描くよう指示され、結果としてシーボルトから信頼され、賞賛される。江戸参府(初めは一年に一回だったのが、シーボルトが滞在した時代には四年に一回になっていた)の折りにも同道し、史上有名な伊能忠敬が完成させた日本地図を写し取った事件にも関与してしまった展開は史実そのものだと思われる。

 作者は軽妙洒脱を意図して筆を走らせたように思われるが、長崎生まれの長崎育ちである絵師の会話が長崎訛りの全くない、ほとんど江戸弁に近い言葉で構成されていることにはシラけたものを感ずるし、小説とはいえ、真実味を喪失させてしまい、読者を引き込むほどの魅力に乏しい原因ともなっている。

 同じ著者の作品では、1989年上梓の「高円寺純情商店街」のほうが出来がいい。

 また、シーボルトが愛した「おたき」の産んだ「おいね」は成長後は医師となり、開国後は横浜に病院を開業した。その史実について知りたい人には、吉村昭作「ふぉん・しいほるとの娘」が適当かと思う。


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