ジパング島発見記/山本兼一著

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ジパング島発見記

「ジパング島発見記」 山本兼一(1956年生)著
帯広告:大航海時代、はるか海の果ての島にたどりついた西洋人たちが見たものは、とてつもなく奇妙な国、そして人々だった。
2009年7月10日 集英社より単行本初版 ¥1500+税

 

 帯広告を一見しただけで、文献をベースに、より真実に近い歴史を発掘することを動機として書かれた内容だと短絡したのは私の落ち度だったかも知れない。

 実際には、わずかな文献を頼りに想像を逞しくして肉付けをした、事実とは遠い物語に仕立てたに過ぎない内容であり、私はこういう時代小説に関心がないばかりでなく、歴史を勘違いする読者もいて、ある意味で有害だと思っている。

 鉄砲の伝来にしても、中国倭寇のボスである王直(船主でもある)は長崎県、五島列島の一隅に拠点を持っていたことは事実であり、福江あたりの領主に持ち込んだのが鉄砲伝来の最初であることが史実に近く、当時の支那人、あるいはポルトガル人がわざわざ九州の南に存在する種子島を目的地として航海したという歴史教科書はどう考えても嘘くさい。たとえ、嵐で漂流したとしても、同船させたポルトガル人の手による鉄砲伝来が日本に紹介された最初ではなかったように私は思っている。福江の領主が鉄砲という利器を入手したとしたら、当然ながら、極秘にされ、中央にその利器を紹介するなどというバカなことはしなかっただろうと考えるからだ。

 残念ながら、私は第一章を読んだだけで読み進む気力が萎え、放棄のやむなきに至った。

 折角の書籍にケチをつけることになったかも知れないが、これは私にノンフィクションを好む性癖があり、単に相性の問題で、本書の罪ではなく、小説だと思って読む限り害のないことを明記しておく。

 最後に「ジパング」との名称がついた理由として、中国語の「日」が現在は「リー」と発音するが、かつては「ジツ」と発音されていたために「ジパング」という名で西欧に伝わったという説があることを紹介しておく。


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