チェチェン/オスネ・セイエルスタッド著

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書評:ためいき色のブックレビュー-チェ

  「チェチェン」  オスネ・セイエルスタッド(1970年生・ノルウェー人女性)

  副題:廃墟に生きる戦争孤児たち

  帯広告:戦慄のルポルタージュ

  訳者:青木玲

  2009年9月10日 白水社より単行本初版 ¥2800+税

 かねてチェチェンには特別の関心を払ってきたが、本書がノルウェーの女性記者による現地潜入ルポであることを知り、逡巡することなく入手した。

 チェチェンという国が日本の報道に載ったのは、モスクワの学校がチェチェンの武装集団によって占拠されたときと、さらにはモスクワ劇場が2千人(本書では8百人)の人質とともに占拠されたときに始まる。

 チェチェンへの本格的な侵攻は1994年、エリツィンによるが、制圧するまでに至っていない。

 チェチェンの地理的位置は、ロシア南部、コーカサス(カフカース)山脈を含むカスピ海沿岸の北西に在り、古い時代よりロシアの南下政策による摩擦が頻繁に起こっていて、紛争は最近報道された一連の事件に限らない。

 1944年にはスターリンの治世下、全人口の30%がカザフスタンとキルギスタンに強制移住させられる途中で死亡している。

 ソ連邦が解体したとき、ウクライナ、ベラルーシ、リトアニア、スロバキア、モルドバなどが独立を認められたにも拘わらず、ロシアがチェチェンの独立を認めようとしない理由は偏に石油という地下資源がチェチェンにあるからではないかと、私を含め多くの報道機関が短絡していたのだが、それが間違いで、チェチェンの国土が埋蔵する地下資源は僅かな量であることが判明しているという。

 独立を認めない理由はチェチェンが旧ソ連邦を構成する国ではなく、新ロシア連邦を構成する一国であるからということらしい。つまり、現時点でロシア連邦に含まれる他の国が独立を望むような事態を回避したいとの意図である。

 ロシアのチェチェン攻撃が世界から非難されていた矢先、アメリカで9.11テロが起こり、その折り、真っ先にブッシュに電話で哀悼の意を伝えたのがプーチン、チェチェンがイスラムを信仰する民族であったこともあり、以後、チェチェンを「テロ組織を抱える国」と決めつけ、攻撃することに格好の大義名分を得た形で、1999年、徹底的にチェチェン国土を爆撃し、制圧した。このことで、チェチェンの独立派は山岳地帯に逃げ、ときにロシア国内に入って自爆テロを行い、互いに、憎悪が憎悪を喚起し、暴力の連鎖を惹起している。

 (アメリカはイラクを、ロシアはチェチェンをという相似)。

 以降、チェチェンの街中では監視の目が光り、人々が互いに監視しあい、他人を糾弾する側に加わらなければ、自分が疑いの目で見られるという段階に入る。これを著者は「紛争のチェチェン化」という。

 

  著者はロシアからチェチェンに入り、取材に協力してくれる人への取材はもちろんのこと、協力者が紹介してくれる多数の被害者(子供や夫を失った人々)への取材も重ね、目撃した廃墟の街並みや親を失った孤児らの姿を綴っているほか、ロシアが外国メディアに対しチェチェン取材目的のためにチャーターを出すという話を聞くと、いったんノルウェーに戻り、あらためてこれに参加、ロシア政府側が積極的に外国人に見せよう、聞かせようとする対象を吟味するという表裏からのチェックにも時間を惜しんでいない。

 著者が現地で見聞きした対象を克明に、かつ丹念に拾って書きすぎた「ツケ」というべきか、全体の流れに起伏が失われ、現地の悲惨な実態を理解しながらも、数ページ読んでは眠気に襲われる効果をもってしまい、せっかくのルポがインパクトをもって伝わってこず、正直いって、悪戦苦闘した。

 チェチェン潜入と取材には死活にかかわるリスクがあっただけに、そうした意識が取材の一部でも削除する気持ちにさせなかったのではないか、ためにまるで新聞記事を読んでいる印象の内容になってしまったのではないかと推量する。

 とはいえ、ロシアとチェチェンとの関係、ロシアの非情、チェチェンの現状、チェチェンの若干の歴史に触れ得たことは事実。

 


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