ニッポン女子力/能町光香著

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「ニッポン女子力」 能町光香(のうまちみつか)著
2012年1月31日 小学館より単行本初版 ¥1400+税
副題:「気がきく」「たてる」最強のDNA

 

 昨年3月11日に東北で起こった未曾有の自然災害のただなかで、日本人は冷静沈着に互いに助けあいながら危機を乗り越えようと努力していた。暴動も起こらず、略奪も起こらぬ風景が世界に画像配信されたが、その姿に驚嘆しなかった外国人はいなかった。

 (福島のように放射能の危険のある地域では、かなりの数のATMが破壊され、現金が盗まれはしたが)

 日本人は災害に遭って自らのDNAに目覚めたのではないか。そして、日本の新しい幕開けの鍵を握っているのは日本女性ではないかと作者は言う。

 日本女性には海外の女性にはない、「侍の遺伝子」がその体のなかにある。それは第一に、自分に愧(は)じない自分でありたい、第二に自分に誇れる自分でありたいということ。「侍の遺伝子」とは、自分の利を優先することを恥とし、恥をかくくらいなら死を選ぶという武士(もののふ)の心である。「侍の遺伝子」がなぜか男性の心から消えてしまったのが、女性の心には消えずに残っているように思われる。それが、サッカーでも女子が花開いた根っこではないだろうか。

 自分さえよければいいという個人主義は日本人には馴染まない。「和をもって尊しとなす」が日本人の精神世界である。

 日本語にあって、欧米語にはない言葉には、「気が利く」「もったいない」「おかげさまで」「お互いさま」「お疲れさま」「「お世話さま」などなどがあるが、他人であっても、その人間の心のうちを忖度(そんたく)する思いやりが日本人の女性にはほとんど等しくある。

 「袖振り合うも他生の縁」「遠くの親戚より近くの他人」などという言葉もこの国以外にはない。

 外国に留学している日本女性は現地人にもてる。日本女性の黒髪、黒い瞳、楚々とした振る舞いに、外国人男性は夢中になる。反対に、日本人男性は言葉少なく、日本人同士で固まるばかりで、こそこそしている印象が強く、なにを考えているのか判らないと非難される。日本人男性に比べれば、韓国人男性のほうがずっともてる。

 (海外で髪を金や茶に染めた若者に出会うと、その地の人間は「なぜ日本人はせっかくの美しい髪を汚すのか」と尋ねる。問われた私には相手が満足する回答ができなかった。はっきり言って、茶髪やピアスで己を変えようとするような人間には何もできない)。

 パチンコ業界とキャバクラが繁盛している限り、この国はダメ。一日の大半を携帯とゲーム機に目を落としている人間にその国の未来を任せるわけにもいかない。日本の若者は等しく自国の歴史を外国人に説明できる程度に勉強しなくてはいけない。

 日本の女子力が世界を変えるとすれば、まず安全地帯から出ること、変化を受け容れること、前例のないことでも軽い気持ちで挑む精神力をもつことだが、その前に夫との関係を子供の範となるよう仲良くすること、両親が仲良く、いつもラブラブであることがどのくらい子供に良い印象を与えるかを考えてみよう。そうすれば、日本の男の子がマザコンになることはないだろう。

 本書は3か国語を解し、何度も海外に留学し、外資系企業の秘書をなんども勤めた経験者が「新しいヤマトナデシコ像」を以上のように表現している。

 反論、異論がないわけではないが、そのような触れ方をためらわせる何かを本書は持っている。

 ただ一つ言いたいのは、「日本の男には江戸時代から担ってきた職人気質」のDNAがほとんどの男にあるような気がしてならない。


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