プリンシプルのない日本/白洲次郎著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「プリンシプルのない日本」
白洲次郎(1902年-1985年)著
新潮文庫 2006年6月文庫化初版

 

 作者は昭和の生んだ日本人傑物の一人に選ばれ、テレビでも紹介されている。

 本書は1951年から5年間に雑誌に寄稿された文章をまとめたものだが、内容的に真偽のほどが判断できず、「よくわめく人だな」という印象ばかりが本文から匂った。

 ただ、最後の「解説」に至って、戦後進駐してきた米軍のGHQから「最も従順ならざらる日本人」と評され、政治家からは「最も煙たがられた存在」という評に接し、精神的拠り所がイギリスのケンブリッジでの留学経験にあることを納得、そのうえに私腹を肥やす、賄賂を受けるといった煩悩とは縁のない根性に、賄賂や悪銭に弱いヤカラほど白洲を恐れる風潮が築かれたのではないかと推量した。

 ことに、米国と戦争になれば、必ず負ける、負けたことのない日本は本土を焦土と化しても徹底してやるだろうから、敗戦後は食に困るだろう。そう予測して、戦争の始まる二年前に自分はさっさと郊外に転居、百姓をしていたとは先見の明というしかない。現実に、戦後、食に困った人がかなり彼の家に寄宿したという。

 その他、同感したこと、感銘を受けたこと、感想など以下に列記する:

1.父親が社会的に成功していると、その女房や子共までが、大きなツラをする傾向がこの日本にはある。(同感)

2.日本文士は日本語のもつ「綾」とか「含み」とかいうものを利用することが巧みで、西欧的な見方からすれば曖昧であり、正確度というものに欠けている。(西欧には「腹芸」などというものもない.が、含みや綾が悪い文化的な側面だとは思えない。もっとも、それが、狡さに映ることはあり得るだろう)。

3.日本の政治家はイデオロギーというものを理解していない。基本的な思想がなく、最終的には感情論ばかりに走って喧嘩となる。イデオロギーがしっかりしていれば、双方に妥協点を探れる一線があり得る。(感情が先走りして、太平洋戦争に突入したことも同じことだと言いたいのだろうが、イデオロギーこそが宗教上では派閥をつくり、原理主義をつくり、殺し合いの元凶となっていると、私は考えている。要するに、イデオロギーがなければ、喧嘩、闘争の火種にならないのに、イデオロギーがあるからこそ、そこに殉死しようなどという阿呆が出てくる)。

4.バカな戦争をした大人の責任はできるだけ早く子共らにきちんとした教育の場を与え、明るい世の中を次代に継がせることが責務だ。

5.戦後、米側との会談で最もびびっていたのが外務省の人間で、最も超然としていたのが内務省の人間だった。(「攻守逆転の現象」というべきか、「盲蛇に怖じず」というべきか)。

6.戦後、マッカーサーが任命した米国大使も、英国大使も、いずれも一度は戦犯裁判で追放処分を受けた人間で、解除されるや即座に起用したところなど、マッカーサーには人格者を見抜く慧眼があった。(逆説的だが、戦犯といい、追放者といい、アメリカ側による裁判の正当性については疑いが残る)。

7.戦後、「大臣」という名前を存続させたことには問題がある。こういう古式名は変更すべきだった。(まったく同感。大臣などという虚飾をツラのまえにぶらさげて、小便をぶちかけられても蛙のように不感症になっている政治家は少なくない)。

8.新憲法で「国家の象徴」となったはずの天皇家庭事務所に「宮内庁」とのいかめしい名をつけて、行政機構の一部にしたのはおかしい。そこに1000名もの人間が働いているというが、いったい毎日をどう過ごしているのだろうか。(同感の一語。税金の無駄遣いに麻痺している政治家の病気、税金の無駄遣いをそれと知りながら平然と行う官僚の悪業という以外になく、いずれからも耐えられぬほどの悪臭が漂っている。これは狂気に近い)

9。日本に二院制は不要。衆議院だけ300名もいれば充分。(まったく同感。増やせば増やすほど、くだらない低脳政治家、賄賂政治家、私腹政治家が出現するだけ)。

10。「役人の権限」は「女の見得」と同じレベルのもの。

11.戦犯の選択をいきなり米軍にまかせたのがそもそもの間違いであって、本来なら日本人自身が提案すべきだった。米軍に戦犯として葬られた人間のなかにも、立派な人格者がかなり存在した。

12.外務省はアメリカのビキニ環礁での水爆実験について、これを日本人、日本漁民に理解できるように説明しなかった。外務省が身の保全のために、ことなかれ主義を信条とし、収入が停止してしまった家族に何の手立ても採らず、海員組合が辛うじて慰問金を贈っただけで終わったのは不可解至極。(外務省は戦後アメリカにおもねることからスタートしたといっていいし、現在に至っても外務省らしい業務をこなしているとは思えない)。

13.アメリカのGHQには滅茶苦茶やられた感はありはするが、戦争中にフィリピン、マレー半島、その他の国で日本軍がやった悪行が因果応報となって跳ね返ってきたのだと思うしかない。とはいえ、アメリカに進駐されたことは、最悪のなかにおける最善だったと思っている。(同感)

14.ドイツと日本の共通点は植民地拡大に遅れをとったという意識、しかも国内に必要な自然資源が充分にないこと。これが、無理を承知で、侵略的行動にあえて出た浅ましさ。(同感)

15.新聞も、学者も、啓蒙者も、戦争に反対する人間はすべて軍人や右翼に脅かされた。反対を叫ぶことは暗殺を喚起するだけだった。メディアも同じ立場におかれ、自由な意見など書くわけにはいかなかった。(山本五十六も狙われた一人、ために艦船への異動を早めた)。

16.他国を占領し、わがまま放題をやって、恨みを買うのは自然の理だが、米国進駐軍が日本人をとにかく飢餓から救ったのは事実で、こういう例は歴史上あまりない。(ロシアと比較すれば、よく理解できる。国の質、品格が違う)

17.平和憲法といわれているものは、単純にアメリカによる押し付けであり、朝鮮戦争が起こり、東西冷戦が始まったとき、米軍は大いに慌てた。そこで「安保」となるのだが、アメリカの金で日本を守ってくれるという条約である。日本が本気で自国を自国の力で守ろうとしたら、到底、現在の税金ではまかなえなかった。スイスだって、「永世中立」を掲げながら、自国を守備する軍隊はもっている。(「平和が好き」だという人、「平和憲法の護憲者」は一度スイスの実情を視察したほうがいい)。

 白洲次郎の遺言がいい。「葬式無用」「戒名不要」

 金持ちの血筋のよい子がイギリスに留学して、西欧的な事象への考え方というものを学び、帰国後「いいたい放題」を口にしただけという印象を語る人もいるが、同じように留学できた人が著者に負けない議論を展開できるとは思えない。著者の言い分の大半は筋が通っているし、著者のように清廉潔白な人物は日本の政界には皆無だっただろうし、現在だってこういう人物は日本に珍しい。

 また、吉田茂がずっと年下の白洲を高く評価、ことごとに意見に耳を傾けたのは、白洲の欧米的な感覚を学ぼうという姿勢があったこととあわせ、白洲個人の直截的で、潔白なキャラクターを愛したからだと思う。

 確かに、この国には「プリンシプルがない」かも知れないが、その代わり、物事を適当に処理することで丸くおさまることもある。

 今、我々は白洲のような人材が政界にいてくれたらと願わずにはいられない。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ