ヤノマミ/国分拓著

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「ヤノマミ」  国分拓(1965年生/NHK大型企画専任ディレクター)著
帯広告:ヤノマミ・それは人間という意味だ
2010年3月20日 NHK出版より単行本初版 ¥1700+税

 ブラジルのアマゾン北部の奥地、ベネズエラと国境を接した山奥にヤノマミという未開の民の保護区があり、筆者ら(カメラマン、通訳者などを含めて)はワトリキと呼ばれる地の集落に、2007年11月から2008年12月まで、都合4回に分け、トータル150日を共に過ごした。

 本書はその折りの体験をノンフィクションとして纏めた内容のものだが、久しぶりに心に響く書に出遭ったというのが正直な感想。

 ヤノマミはむろん先住民の一族だが、ブラジルには元々300万から500万人の先住民族がいたと考えられ、1990年には20万人になっていたという。先住民のほとんどは文明の民が持ち込んだ麻疹、天然痘、熱帯性フィラリアなどで死んだ。

 ヤノマミと呼ばれる未開族は推定25,000人から30,000人が200以上の集落に分散して暮らしているが、著者らが同居したワトリキの集落に住むヤノマミは167人だった。ヤノマミが「人間」という意味で、かれらは自分らだけがヤノマミであって、以外の人間を「ナプ」と蔑称語で呼んだ。また、集落に居住する家族はそれぞれ血縁関係で結ばれている。

 ヤノマミは独自の言葉をもつが、文字は持たず、近くにNPOの保護施設ができてからポルトガル語を語彙不足ながら話すことのできるヤノマミが少数いた。男の仕事は狩猟と時折の釣りに限られ、女は出産、育児のほか、家事、畑仕事、ときに川での釣り、森のなかでの薪ひろいを担う。

 男たちは山奥で狩猟をするだけに、動体視力が優れ、40人が山に入れば2週間で49匹もの猿を毒矢を用いて捕獲、野営地で燻製にしてしまう。

 生活の実態としては男女関係が格別におもしろい。ヤノマミの男は世の男たちと同じく、女好きで、猥談も大好き。不倫は日常茶飯事で、女が夫以外の男の子供を生むことにも罪悪感はない。

 集落のなかの一人の男は妻を相手に一日に3回もセックスするが、浮気は一度もしたことがないという。

 人類は旧石器時代までは自然以外の何物からも排除されることはないが、新石器時代になると、社会、集団による強制力が働き、規範に従わない者は集団から弾かれる。人々を一定の方向へ導く力、権力が生まれ、王や神官が実権を握るという人類社会の変化の過程がヤノマミを見ていると如実に理解できる。

 ヤノマミには「死者の祭り」があり、その日は焼いて埋葬した骨を掘り出して砕き、みなで食べてしまうが、その行為は文明人には醜悪に映りはするが、かれらは「天国と一体となる」ことを目的としている。

 「ヤノマミに日本の歌を聞かせたところ、かれらが最も共感を覚えた、最も感応したのは沖縄の歌だった」というところで思い出したのはインドネシアに6年を仕事で過ごしたときのこと、インドネシアの女性も沖縄の旋律に共感を覚えるようだったと記憶している。

 また、出産は常に森のなかで行なわれ、生まれた子はまだ人間ではなく「精霊」であり、産んだ母親がその子を生かすか天国に戻すかを決める。大抵の場合、多くの男と交情したため父親が判らない場合、年子の子ができては生活が厳しいと判断される場合などに天国に送られる。集落の人間に障害をもった子供や大人を見たことはないので、障害者は天国に送られているのではないかと推量される。障害者が森のなかで暮らすことは不可能でもある。

 天国に戻した場合、死んだ子を胎盤と一緒にバナナなどの葉で包み、シロアリの大きな巣に亀裂を入れ、そこに押し込んで放置する。3週間後に、シロアリの巣に行くと、子供の肉体は跡形もなく食べ尽くされているが、母親はそこに火をつけてシロアリを殺してしまう。

 女の出産時も生理時も不浄だからではなく、血を目撃すると体から勇気が消えることを恐れ、男たちは女に近づかない。

 未開の民が文明と接触することは変化を余儀なくさせる。ナイフを手にした者が石器に戻れないというのも変化だが、最大の動機づけは医療。ヤノマミは政府が保健所を設置した1998年以後から文明との接触頻度が次第に増える。

 ヤノマミが妥協してNGOによる教育、とくに言葉(ポルトガル語)の習得に同意すると、言語教育がブラジル文化を洪水のように受ける結果を導く。未開の民、ヤノマミは文明との触れあいを通じて多くを知り、多くを得たが、同時に多くを失いもした。独自の文化を、独自の言葉を、独自の思想を、独自の環境を。そして、それまでにはなかった「私有」の概念が生まれた。

 土地は保護指定されはしたが、人口の1%にも満たない先住民が国土の10%におよぶ土地を所有することへの反感を呼び、もしその土地に地下資源の存在が明らかになったら、政府も保護指定の存続を保証できるかどうか。こうして、文明への依存が高まるにつれ、文明への憎悪も深まる。

 150日間のヤノマミとの同居の末、文明国、日本に帰国したあと、日本社会に、日本での生活になかなか慣れることができず、食べては吐いたり、歩いては転んだり、行き先を間違えたり、夜尿症になったり、痩せ細ったりした。

 「帰国後に覚醒したことだが、ヤノマミの世界は生と死、聖と俗、暴と愛、善と悪などがあるがままに存在し、人間性が剥き出しだったのに対し、文明社会では実態を巧妙に隠し、虚構がまかり通るという、せせこましさの存在する世界。ヤノマミの世界に触れたことが自分の心をざわつかせ、何かを破壊してしまったように思われる。150日間の濃い緑に包まれた時空体験が二つの世界の乖離感を鮮明に浮き立たせ、それが精神的なバランスを失わせたのかも知れない」と、作者は「あとがき」で締めくくっている。

 本書からは自然と一体化した民族とその生活のありようが限りなく透明な色彩をもって伝わってくる。そして、この未開民族がたどるであろう未来図も推量できる気がする。


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