ヨッパ谷への降下/筒井康隆著

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「ヨッパ谷への降下」  筒井康隆著  新潮文庫

 
 かつて異常な人の死について、週刊誌で読んだことがあり、以来、この著者の嗜好と相容れぬものを感じて、二十年余が過ぎたいま、久しぶりに著作を手にした。

 本書には自薦の12編の短編が収められているが、はじめの「薬菜飯店」にしてからが、まるで怪奇小説を読むような印象が強く、なかにドイツのライヒ(本ブログで書評したヴァギナに登場する精神分析学者)が「人間、十二歳、十三歳から男女の性行為を自由にやらせると、これは健康にも精神にもよく、社会も安定する」と発言したという店の主人の話が出てくるが、本当かも知れないし嘘かも知れない。

 ライヒという人は「性器」について多くを研究し、かつ語った人である上、時代的、社会的制約の厳しいキリスト文化のただなかで語り過ぎを咎められ、投獄され、獄中で死んだ人だから、あるいは上記したような「幼児同士の性行為をよし」とするようなことも口にした可能性は否定できないし、根拠も彼の頭のなかにはあったのかも知れない。たぶん、狂人扱いされたであろう。

 著者が本書で「虚構への集中力」という言葉を使っているが、それこそがこの作者の住む世界ではないかと、あらためて思った。いってみれば、鋭く尖った稜線の真上を、いわばエッジの上を、リスクを背負わいながら歩くというような際どい内容の著作に凝るといったところが、この作者にはあるような気がしてならない。

 「エロチック街道」では、文体に行変も段落もほとんどなく、いかにも真実味のない話が延々と連続するため、これを追うごとに、眠ってしまい、睡眠薬の代わりとなってしまった。

 「箪笥」には他編の影響もあり、どれもが「嘘の創り話」か「虚構」かという思いが先走り、真面目に読む姿勢になれず、興が冷め、続きを読み進む気力が喪失してしまう。

 解説者は「本書の全部がというわけではないが、現実の話で、みずから著者の書いたところを歩いてみたことがある」というが、「変わったことを考える人だ」という印象はあっても、「すごい創作家だ」という評価は私個人のなかでは育たない。

 このようなタイプの作家とは根本から合わないのか、合わせられる才能が当方にないのか、いずれかであろう。 とはいえ、この人の著作をわざわざ買って、もういちど内容に触れてみようとしたことは事実であった。


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