ロシア 闇と魂の国家/亀山郁夫、佐藤優著

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ロシア 闇と魂の国家

「ロシア 闇と魂の国家」
亀山郁夫(1949年生/東京外語大学ロシア語学科卒/現在同大学学長)、佐藤優(1960年生/同志社大学大学院神学研究科卒/外務省でモスクワ在日本大使館勤務時にスパイ容疑をかけられ拘留された経験者)共著
文芸春秋 新書 2008年4月初版

 本書はタイトルから感じられる内容とは異なり、ほとんどドストエフスキーとロシアの神に関する対談が延々と続き、ほんのときどき、ロシアの歴史に触れる程度で、読者として期待を裏切られた感が強い。

 その僅かにロシアに触れたなかから、これはという箇所だけをピックアップして以下記しながら、感じたことをあわせて書く。「   」内は、本書の対談に出てくる箇所。その他は私の意見。

 「スターリン時代、イソップ語と呼ばれる二枚舌ともいうべき、二重言語の手法が育まれたのは、事実を事実として書くことが身の危機に直結したため、隠喩、暗喩に置き換えることで独裁者から自身を守ったという手法」。

 「第二次大戦の独ソ戦で、戦略の不手際が原因で、スターリンは部下の兵士を2千万人も失ったが、一人の人間の死は悲劇でも、何万人もの死は統計であると言った」というのは、他人の命を歯牙にもかけないスターリンらしい。

 「アジアと欧州とを両足でまたぐロシアに対し、一種のバイアスのかかった畏怖や憧憬が今も広く欧州に存在し、それがまたロシア不可知論を深々と根を張らせる原因となっている」と言うが、現実問題として、ユーラシア一帯に広大な土地を有するとはいえ、そのほとんどはツンドラ地帯であり、地下資源の有無は別にして、土地としての利用価値には瞠目すべき質はない。言葉を代えれば、土地の広さがそのまま価値を示すものではない。

 「ロシア人とウォッカとは切っても切れない関係、酔って大地に這う印象。ウオッカと縁を切れずにいることが、ロシア人の寿命を50代にとどめている。そこには腐った陶酔感の強い独特の社会的雰囲気が存在し、ロシアの闇をつくっている」(最近のロシア人はビールをより多く飲むと仄聞する)。

 「プーチンはスターリンを理想としつつ、ロシアというひとつの大きな共同体のなかにブレジネフ時代の腐臭をもちこもうとしている」

 「スターリン崇拝は上から植えつけられはしたが、それ以上に、下からも生じていった。スターリンは厳密な意味で人民の指導者だった。この時代の恐怖政治と刻印された数々の悪夢にも拘わらずソビエト国民は新しい社会体制を採用し、その功徳を認める術を学んだ。ロシア人は長いものには巻かれろ主義でもある。」

 第二次大戦後、50万におよぶ日本人が捕虜にされ、スターリンに極寒のシベリアに送られ、強制労働させられ、一割の5万人が死んで帰国できなかったという事実と、樺太(サハリン)や満州、韓国で無辜の日本人市民が多数殺害されたり強姦されたりした事実の方に、私の頭脳は働き、憎悪を感ずる。

 「プーチンはスターリンとの連続性を意識しながら政治論理を組みたてようとしている」。正義(?)のためなら、粛清は許容されるという考え方」そうした彼の姿勢がメディアの自由発言を許さず、己にたてつく者は海外にまで追いかけさせ殺戮するという挙に出ることに逡巡を覚えない理由か?

 「プーチンの戦略は2020年までにロシアを帝国主義大国に再編し、その前提に民族を統制し、納得させ得るイデオロギーを創造すること」(プーチンのイメージは酷薄の政治家)。

 プーチンは地下資源の確保、有効利用を何よりも優先し、経済力を高め、ロシア全体の底上げに意を用いつつ軍備を増強、再び強いロシア、大国としてのロシアの権限、発言力を回復しようと努力し、かなりのレベルまで成功を収めている。メドヴェージェフを大統領に据え、自らは首相となって院政を敷きつつ、一期後に大統領へ復活して長期政権を手中にしようとしていることは明らか。あの酷薄な顔は、地下資源をベースに軍事力を旧に復し、化石燃料に関係する隣国、化石燃料を運ぶためのパイプを通す土地(例・チェチェン)に対しては略奪的な意図を隠そうともしない。チェチェンに対してのみならず、グルジアに対しても同じ意図の線上にある。

 「独裁者なきロシアなど考えられない」という本書の副題からは、ピョートル、ロマノフ、エカテリーナ、ニコライなど、代々のツアー(皇帝)などにも触れるのかと期待したが裏切られた。内容のほぼ8割がドストエフスキーに関することばかりで、遠慮なく言えば、読んでいて飽き飽きした。 

 「西欧人から見て解りにくい民族はロシア人と日本人だが、ロシア人はモンゴルのくびき以来、(日露戦争に敗戦を経験したことも手伝ってだろうが)、黄禍論に拘泥した。プーチンは平和の祭典であるオリンピック開催中にグルジアに戦争を仕掛ける人間だが、グルジアはスターリンの母国で、ロシア語は通じない」。

 現在、黒海にはロシア艦隊が遊弋(ゆうよく)しているが、そこにNATOやアメリカ艦隊がグルジア難民支援のためという看板を掲げて入っていったとの情報に接したとき、ひょっとして一触即発の危機があるのかと期待したが、今のところ、そうはなっていない。アメリカにとっても、グルジアは化石燃料に関係する国、ロシアのやりたい放題にさせておくわけにはいかないだろう。

 「非日常的な日常をロシア人に説明することは至難の業、ロシアはまったりした平準化された世界、イコンを眺め瞑想し続けるうちに無我の境地に入っていくといった精神性もある。また、ロシア人や風土には、『終わり』への待望が潜んでいる。終末論的な感覚が強いのは、直線的な時間理解をするイスラエル人には一層強くある」

 「また、ロシア人は極端から極端に走るところもあり、江戸時代の江戸っ子に似て、宵越しの金をもたず、貯蓄傾向が希薄」

 「プーチンは軍事国家としての「魂」、文化の「魂」、宗教的な「魂」などへの復権への自覚をベースに努力をしている。それが政治の重要な機能であることに気づいたからだ。現実に、この9年間に、主に地下資源を活用して、経済復興を遂げることに成功しているが、ロシア民族がすべてプーチンを支持しているかどうかは判らない」 

 「日本人やイギリス人なら、海も大地もイメージできる。沖縄やアイスランドなら大地はイメージできないし、ドイツやロシアなら大地に特化してしまう。魂の源泉を一つに特化する民族のほうが論理構成として解りやすいし、ロシアの面白さはその特化から純粋化できること、極端な思考ができることだ。ロシア人の心理、感覚に中庸はない。一方、日本人には自分の魂によってきちんと自己主張する人間がいず、ために日本人は弱ってきている。異質のものに目を向け、理解しようとする余裕をもつべきだ」

 (日本人は互いに肩を寄せ合い、互いの心情を配慮しながら協力することは得意だが、何かを決めなければならないときに必要以上の時間をかける。昔から日本人は衆議制、合議制でものを決してきたという歴史があり、さらには根回しなどというよけいな時間をかけるからで、ために「意思決定者不在」、「強力なリーダーシップ不在」という情けない事態がしばしば起こる)。

 「ロシアには『鞭身派』にみられる悪魔的なと表現すべき放縦さの感覚があり、逆に『虚勢派』はどうしようもなくマゾヒスト的な感覚に支配されている部分がある。ロシアの魂というのは決して美しく、慈愛に満ちた魂のことをいっているのではなく、神とも悪魔とも睦みあっているような、無節操で救いのない魂もイメージしている」

 「ロシア人には非常に頑なな部分とおおらかな部分とが同居し、悩み、苦痛、恐れといった心情がウォッカを大量に飲む習慣をつくった。そのために、平均寿命は1994年で57.6歳、2008年でも58歳。これにはプーチンの愚民政策の一環のなかで、地酒を造酒することを許可している背景もある。ロシアの幸福の基準は貧しさの平等」。

 「ロシア語は独自の言語体系であり、言葉には迫力のある言霊が込められる。魂は個人に備わる個性であって、霊性は一つしかない。霊性は命の原理のようなものという感覚がロシアにはある」

 プーチンが思惑通り、大統領にしたメドヴェージェフをどこまで支配し、操ることができ、現在の地位をいつまで維持できるかは今後の見ものだが、そう考える根拠はメドヴェージェフにだって、プーチンに負けない最高権力者への意思があるだろうからだ。プーチンにとって幸運だったのはエリツィンが早く死んでくれたことだろう。


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