世界地図から歴史を読む方法/武光誠著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

世界地図から歴史を読む方法

「世界地図から歴史を読む方法」
武光誠(明治学院大学教授)著
河出書房新社  2002年4月初版

 人間が二足歩行を始め、手を使って物をつくり始め、言葉を発するようになった5万年前から、1万年ごとに世界地図を地球儀の上に張り替え、西暦7千年前からは半世紀ごとに張り替えていけば、地球上のどこで、どのような文明が興亡したかがよく判るだろうという著者の意見はまったくその通りだと思う。

 文明の興亡とは、幾多の強国の台頭と衰退の歴史であり、民族間の抗争であり、かつ宗教間の対立であり、同時に弱小国への迫害の歴史でもあって、地球上で連綿と続いてきた戦争を、言葉を換えれば、人と人とが殺しあい、建造物を破壊しあってきた「救いがたい所業」そのものを物語るものだ。もし著者がいうような地球儀をもっていたら、人類の愚挙、功績、進歩を含め、全容、全貌が手にとるように理解できるに違いない。

 本書はあくまで文章により、多くの地図の挿入による援用を得つつ、年代別ではなく、地域別に、文明の、あるいは強国の興亡、消長を読み解こうとする。

 この種の書は、一見容易に見えるが、たかだか204ページの、しかも新書版という小さくて薄い本にまとめることには相当の苦労が伴っただろう。たとえば、年代別にするか地域別にするかという点にだけでも思惟、推敲、裁量があったに違いないと察した。というのも、いずれの方式を採用しても、読み手の理解が円滑に進むとは限らず、一地域を扱えば、「同時代の別の地域はどうだったのか」という知識欲をくすぐられ、読者は勝手な推量や想像をするから、かえって混乱を招いたりもするからだ。

 とはいえ、本書からは、少なくとも世界史の全貌を、「表皮に触れただけ」という批判は避けられないにせよ、「およそ」というレベルで学び、理解し得たことは事実で、個々の文明や強国の詳細にわたる歴史が知りたければ、そうした要求に応えてくれる書物は幾らもあり、本書の価値を損なうような批判とはなり得ない。

 古代、ナイル河沿いに栄えたエジプト文明、インドのインダス河流域に栄えたインダス文明、中近東のチグリス・ユーフラテス河沿いに栄えたメソポタにア文明、中国の黄河流域に栄えた黄河文明などを出発点として、どのように歴史が変遷し、どのような強国、小国が台頭し、支配され、衰退していったかを世界の全域にわたって網羅している。

 なかで、ジプシーに触れた部分には関心を惹かれた。ジプシーを書いた書籍にはあまりお目にかかったことがなかったからだ。

 インドの北西部から源を発し、小アジアを経て、各地に分散、離散していったが、定着先は北欧州ではなく、むしろ東欧州を含む南欧州に偏っているという。

 また、チベットが二度も独立の機会を逸した経緯についても触れてあり、一つは清朝が壊滅したとき、もう一つは中国が革命の混乱に突入したとき、いずれの機会にもチベットは独立を宣言したが、イギリスをはじめとする列強の反対に遭って阻まれたという。

 (イギリスが判断を間違えたか、中国を支援をしたかの、いずれかであろう)。

 本書を読んでいて、高校時代の教師を思い出した。世界史に関する話が漫談風で、たとえば「ペルシャ帝国の歴代の君主のなかには、『眠いけど寝ない』というネブカドネザルという専制君主がいて、こいつが酷薄で、残忍で・・・」とか、「日本海海戦における初動は「イ」の字型に敵艦船に向かって腹を向けるという危険をおかしつつ・・・」とか、話がおもしろかったことが、私の世界史への関心を高めた。

 一方で、高校時代、日本史に興味がもてなかったのは、縄文文化からはじまって、弥生時代を経、出雲の国から、さらには卑弥呼の中国の魏朝に頭を下げる話が続き、聖徳太子に達するまでの話が長すぎて、飽き飽きしてしまったからだ。参考にされる文献も古事記や日本書紀など、信憑性に欠け、本気になって学ぼうという気分にはなれなかった。日本史の教育が戦国時代や幕末を導入部として扱っていたら、日本史への関心を十代の年齢でもつことができただろう。

 著者は「あとがき」で、「人間はさまざまな営み、抗争を通し、長い時間をかけて他文明や文化との接触を通し、均質化が行われ、古代、中世とは異なった他の文化の受容が可能になっているはずだ。他民族が融合し、異質性を受け容れあい、協調しあって、一つの国で平和に生きる時代がくるだろう。イスラエルとパレスチナもいまや話し合いの段階に入っている」といっているが、本書が世に出た数年後の現在、ふたたびこの地域の戦火はむしろ拡大しつつある。 著者の仰ることは人類にとって永遠の課題であるが、私には「大楽観論」に思え、残念ながら、わたしたちが生きているあだいに実現するとは到底思えない。

 一神教という宗教をもつ限り、そしてそれが派閥化する限り、人類に戦争や諍いは絶えないだろう。

 さいごに、このような薄っぺらなスペースしか与えられない条件のもとで、世界中の歴史をよくまあ、ここまでまとめたものだと感嘆したことを付記したい。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ