人体再生/立花隆著

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人体再生

「人体再生」  立花隆(1940年生)著
中央公論  2003年1月文庫化初版

 

 本書の内容は医療に関する先端技術を著すものであり、ために専門用語が頻出、理解に難渋した。というより、内容によっては、理解できなかった部分もある。

 作者は7人の学者と対談する形式を採りつつ、ティッシュー・エンジニアリング(自力回復、自力再生)の内容を説く。具体的には、失われた部分に適合するもの(死体からでも可)を移植することで、自力回復、自力再生を促すための足場を築くという次世代医療技術のこと。

 この手法は、1999年にネズミに人間の耳をつくらせた技術の紹介を契機とする、まったく新しい再生手法で、これまでの臓器移植などとは異なる手法でもあり、一歩も二歩も進んだ手法。

 再生の技術開発がすでに進んでいる部位は、網膜、耳介、皮膚、血管、神経、軟骨、心臓弁、骨、筋肉、肝臓、膵臓、腎臓、膀胱、腎臓など。

 本書から学んだ部分を以下に列記する:

1.アメリカの女性医師(ワシントン大学在)に死体から採取した神経を移植するスキルを持つカナダ生まれの人がいる。死体からの神経自体が新しい神経となって機能するのではなく、損傷した神経を復活させ、みずから機能する足場になるという移植であるため、これを「再生医学」と呼ぶ。再生医学はいわば発生を再度人工的に促すこと。

 この医師によれば、死後移植は死んですぐの遺体からの神経は生命力が強すぎ、免疫反応が強く出るので使いにくく、むしろ死後2週間くらい経過してからの神経が使い勝手がよいという。

2.ソ連が国家崩壊したあと、ロシアのモルグで死体から取り出した利用可能資源が必要に応じ、パーツごとに西側に輸出され、崩壊後のロシア経済を救う一助となった。

3.アメリカ赤十字は全米に何か所かプロセス・センターを配置し、摘出されたあらゆる人体パーツは清潔に処理され、分類され、保管され、全国の医療機関からの求めがくると、コンピューターで検索し、注文に合致したパーツを選び出し、発送する仕組みになっていて、赤十字が全体の50%を担っている。

 人間のパラダイム(理論的枠組み)が根本的に変わりつつあることを認識せざるを得ない。生と死に関する古典的な定義がそのままでは最早通用しない時代になってきたと言える。

4.かつては医師がサジを投げたときが「Poinnt Of No Return」だったが、生の限界点を越えて新たな生の領域を探り出してきたのが医学の歴史であったし、そうした努力の積み重ねが「死体使用」という新しいフィールドを招来したといっていい。

5。脳死体の処分権は当然ながら肉体の所有者であった本人自身に属する固有の権利であり、なによりも優先されるはずが、日本では、それに加え、遺族の同意がなければ、本人の意思に沿った決定がなされないという点、この国の後進性を表しているし、そのことは西欧からも指摘されている。

6・これまでの単なる移植医療には免疫という問題がネックとして恒常的にあり、他組織の侵入に対し拒否反応を示すため、これを防ぐ目的で抑制剤を必要とするが、副作用が強く、同時に抑制剤は免疫力を弱めてしまうという欠点をも持つ。医学の専門家は、移植医療は20世紀から21世紀にかけて行われた「過渡期の医療」として終わるだろうと予測している。

7.動物界では「死」が生命世界の最も重要な一部であり、死が生命を支えている。野生動物の世界における生命連鎖と同じものを、人間はテクノロジーによって人工的につくりあげている。

8.乳癌を手術すれば、当人は片方の乳房を失う。シリコンを入れるのではなく、脂肪組織を使った細胞増殖因子をDDSで仕込んで蓋をしておけば、好みの形の乳房になる。ただし、乳腺はない。

9.臓器移植のケースでは、ドイツなら必要なドナーが一両日で出てくるが、日本ではドナーは出てこない。

 (文化の違いというべきか、日本人は他人の死体を利用することに抵抗感をもつが、死体をとことん医療に利用して、他の生命体に寄与するという化学的、合理的な発想が精神的に根本から欠落している)。

10・中枢神経は脳に損傷が起こると、損傷を受けなかった神経細胞の軸索から発芽するように側枝が出てくる。軸索そのものが損傷する場合にも、その断端あるいは近傍から新しく芽が出てくる。神経には植物の剪定効果のように、先端のたくさん枝を出している部分を切断すると、根元から枝が一斉に出てくるという現象が起こる。

11.事故で脊髄を損傷した男性の場合、生殖能力を喪失するという問題が起こる。オーストラリアでは、電気的な刺激で射精を促すという医療を採用している。

12.再生技術の進歩は、女性ならば、いずれ、自分の脊髄損傷を治すために意図的に妊娠し、流産し、胎児の脊髄を使って自分の脊髄を治療、回復させるなどという社会問題を招来する可能性をも含んでいる。未来に想定される犯罪と言えるかも知れない。

13.火傷した場合、健康な表皮の細胞を摘出し、これとマウスの細胞を混ぜると、細胞はせっせと足場をつくって増殖因子を分泌する。細胞がそういう物質を分泌する仕組みがあったために、それを利用しつつ再生医学の研究が進んだ。これは生物学そのものであって、別にエンジニアリングではない。日本人は学問と技術を峻別して捉えがちだが、研究とプラクティカル(実効的)なものとが完全に融合しているのがアメリカ科学と技術の強み。アメリカは再生の関連でも個人投資が行われるが、日本は国家主導型で、これは明治以来の手法の域を出ていない。

 (江戸期、長期にわたって、人体の解剖を許可しなかった幕府のトップを担う男たちの頭の具合から現在も、この面ではあまり進歩していないと言っていいだろう)。

14・イモリが再生能力に優れていることは知られているが、イモリよりすごい生物が「プラナリア」、体長は1センチぐらいだが、細胞数約400万個、30%が再生予備軍というべき新生細胞(ネオプラスト)で、2・2ミリ角に刻んでも再生する。人の細胞は血液に依存しているから塩と血液をまぜれば大抵増える。プラナリアでは血液に相当するものが判らない。

15・人間の体の細胞は生涯に50回以上は分裂しないという常識があるが、体の細胞にはこれまでの常識を上回る分裂能力があると最近では考えられている。

16.女性が思春期で胸が大きくなるのはホルモンによる成熟過程であって、変態ではない。「個体発生は進化の過程をくりかえす」という言葉があるが、人間も胎児のとき、子宮のなかでオタマジャクシが蛙になるようなことが起こる。つまり、人間の場合、胚発生に変態が組み込まれている。

17・生物のもつ巧妙で精緻な機能を解明し、技術に応用することを「バイオニックス」というが、これはNASAが命名した言葉。

 (2008年のオリンピック用水泳大会のために用意されたスピードの水着の素材を考えたのもNASA)。

18・人の軟骨の摩擦係数は千分の一で、高精度のボールベアリングと同等の潤滑性能をもつ。ただ、一日に一万歩歩くとして計算すると、60年続ければ、関節軟骨が次第に擦り減ってしまう。軟骨の劣化は生理的な要因だけではなく、力学的な刺激によって影響されることが解ってきた。京セラは先見の明があったというべきか、セラミックを応用して人口股関節を創出(1975年)し、ビジネスとして成功させたが、人口関節は20年以上はもたない。

19・われわれは地球重力場のなかで何億年という進化を遂げてきたため、重力と慣性力の影響で、細胞が自己組織化している。軟骨の場合だと、歩くときに絶えず関節液でジャブジャブの状態、しかも上から力がかかっている。つまり、周りから水圧を受けている状態で、これを「静水圧」といい、四方八方から静かな水圧を受けているのが関節の実態。普通の人で、30-50気圧が軟骨のごく一部にかかっている。

20・血管の場合だと、外側から順に線維芽細胞、平滑筋細胞、血管内皮細胞と、三層になっていて、最も内側の血管内皮には血栓をつくらない特性がある。ここには血液の流動による剪断(ズリの力)という力学的刺激が働いている。

21・軟骨の場合、類似体までを人工的につくって、そのあとは、体の中に入れてしまう。体内の環境を利用して最終製品になるという仕組み。

22.軟骨の材料について、日本では独自技術で鮭の皮からコラーゲンを抽出する試みがある。牛やイカよりも細胞増殖性も生体適合性もいい。鮭は北の海で冷たい水温のなかで生息する魚だが、コラーゲンが柔らかい組織から硬い組織に変わる変態点が違うので、ヒトの体温より低い温度で軟化する。硬い材料をコーティングするといった手法で対応することも可能。

23.アメリカでは、保険会社の予測として、整形外科領域では2020年には人工物のデバイス(装置)とバイオ産業的デバイスの比率が55対45になるという。明らかに、高齢化社会を視野に元気な老人をたくさんつくろうと目論んでいる。一方、日本は保険会社ではなく、健康保険の点数を決める役所がまったく逆の発想をする。当然ながら、研究者の意欲を殺いでしまい、科学技術の発達を損なってしまうだけという結果を導く。

24・新しい分野で、日本企業には一般に合理性をもった世界戦略がない。インターネットにしても、日本人は日本語圏である国内に閉じこもってやりとりしているに過ぎず、英語で検索したり、海外とやりとりする人は僅かな数でしかない。

25.臓器機能を備えた三次元的なティッシュ・エンジニアリングの臓器ができたとして、そこへ血液を供給するための血管をどう誘導するかが大きな問題として残っている。これを解決しないと、臓器再生は不可能。

26・熱傷に培養皮膚を開発したのはアメリカの学者だが、鍵は粘膜にあり、日本の学者は、口内の粘膜を培養皮膚に使えることを発見した。皮膚は人間のもつ臓器のなかで2平方メートルという最大の臓器、もし皮膚がなかったら黴菌が侵入するし、水分は出ていってしまい、すぐに死んでしまう。口内粘膜の皮膚培養への利用は抜群の効果を示している。

27・抜歯した歯には血管も神経もあり骨形成のタンパクのBMPも入っている。歯は臍帯血(さいたいけつ)に次いで重要な医療資源のはずだが、日本ではすべて廃棄されている。

 (資源の再利用に関し、日本の政治も、日本人の感性もどこか奇妙)。

28・皮膚、軟骨、骨、靭帯、角膜などはティッシュ・エンジニアリングの第一世代で、心臓、肝臓、膵臓など、血管の必要な臓器が第二世代、遺伝子組み換え型、絶対に折れない骨、酔わない肝臓、通常の何倍もの視力をもつ目などが第三世代と分類される。

 アメリカでは、第一世代に関してはすでに産業化されている。日本では研究室レベルでキャッチアップしているがオリジナルな仕事が容易にできない。このような状態が続くと、いずれ日本はアメリカに特許を抑えられ、すごく高い価格で臓器や人口皮膚や心臓弁を買わされる羽目に陥るだろう。

29・アメリカの大学にはどこでも弁理士がいて、特許取得のケアをしてくれるが、日本では学者自らが特許申請をしなければならないという状況がある。そのうえ、学者が特許をとること自体が学者として二流という不可解な考え方が長くある。日本が産業技術立国であることは確かだが、技術の出口がない。

 (政治、法律、大学間の閥、大学内の軋轢など、問題は多岐に渡るのではないか)。

 作者は「生命世界の一員として死ぬときには食物連鎖の中に入って、ほかのメンバーの栄養になるのが一番正しい生命体のありかたである」との信念のもと、移植ドナーに署名したという。死体の提供も、60歳、70歳では役に立たないという考えは誤りで、役立つ部分は解剖すれば解ることだと言明する。

 この作者の本を読んで学ぶことは多々ありこそすれ、損をしたと思ったことはない。


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