人形を捨てる/藤堂志津子著

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「人形を捨てる」 藤堂志津子著  新潮文庫
2003年単行本初出   2006年3月文庫化初版

 

 私自身は人形とか縫いぐるみにまったく興味も関心もないが、「女が人形を捨てる」という感覚にはなにか異常なものがあるのではとの思いがあって、本書に手を出した。この作者の作品に接するのははじめてである。

 13の短編それぞれが個性的というより圧倒的な灰汁の強さに満ちていて、読後感としては、決して傍らにいたいとは思わないキャラクターを想像させつつも、正直で率直な印象だけは消しがたく残った。いや、率直すぎる性格に、「これ以上強くはならないで」と祈りたい気持ちになった。

 直観だが、この作家は自分の「女」を作品に百パーセント生かしてはいない、「生かしてくれる男に遭遇していない」そんな気がする。

 文章の行間から、そう思わせるものが匂ってくる。自己顕示欲が強く、ときに男の胸に恐怖心を植えつけてしまいかねないような、烈しい気質を感ずるからだ。

 ために、「恋愛小説の名手」との裏表紙の褒め言葉には、正直いって、怪訝な思いが否めなかった。

 ただ、札幌という土地がこの作家の嗜好、あるいは思索に影響を与えているように思われた。作者の祖父か曽祖父が新潟出身で、北海道には新潟出身者が多く、新潟では庄屋だったとか、土地もちだったとか、根拠のない自己粉飾を行うのが通例だといっている。

 作者が倉庫(ロッカーかも知れない)に積み揚げられた書籍を眺め、「こんなに本を読んだのに、わたしは賢くなっていない」との嘆き、感想は、そっくり私自身にもいえることで、知識の集積は本性の変化や本性からの飛躍とはかかわり得ないのだと、あらためて納得し、がっくりもした。

 尤も、私はいつの頃からだったかは忘れたが、読んだ本はその本の内容が向いていそうな人に謹呈してしまうことにし、自分の家には読了後の本は置かないようにしている。


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