人情話・松太郎/高峰秀子著

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人情話

「人情話・松太郎」  高峰秀子(1924年生)著
1985年潮出版社より単行本、1990年筑摩書房より文庫化
2004年1月  文芸春秋より再文庫化

 

 高峰秀子といえば、往年の美人女優、めりはりがはっきりしていて、賢くて、彼女の著作は学校の教科書にも採用された。その作者が映画監督であり、画家であり、絵の収集家でもあった川口松太郎との交友を人情味あふれるタッチで書き上げたのが本書。二人には気風がいいという共通点がある。

 同じ作者の著作では「私の渡世日記」を読んだ記憶があるが、それに比べると、切れ味が今一という印象はある。

 川口松太郎という男は60歳まで女房の女優(母物が多かった)三益愛子のほかに、三人もの女をかこって、それぞれの女に家を一軒ずつ与えていたスケベじじいで、梅原龍三郎の絵を収集していたほどだから金もあったに違いない。明治32年生まれの浅草生まれ、ちゃきちゃきの江戸っ子という風情の男だが、松太郎はよく、「学歴の有無と学問の有無と教養の有無と知性の有無は別物だ」と言っていたそうで、まったくその通りではあるが、そういう発想をするのは大抵学歴のない者のひがみから出てくる。本当に知性のある人間はそう思っていても、口には出さない。

 尤も、松太郎は両親の顔も知らず、両親が誰かも知らずに、東京に住む義理の父母に貰われてきた身の上でありながら、拗ねた感じのない男で、俳優らの面倒見がよかったという話。ただ、松太郎の子供は男の子三人だが、いずれも大麻を吸って子育てには失敗している。母親のほかに三人もの女をかこって、男親が女の家をほっつき歩いていれば、男の子らがそういうことになっても不思議はない。

 作者の弁によれば、当時、日本には本を読む人口が約500万人で、世界でもトップクラスだったという。

 松太郎から学んだのは、「煩悩」を「人間の生臭さ」とか「欲心」という言葉で置き換えたこと。


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