初恋/ツルゲーネフ著

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初恋
「初恋」 ツルゲーネフ (19世紀のロシア作家)著
米川正夫訳
原本はロシア語で1860年の作。
岩波文庫  1933年4月文庫化初版
1995年までに64回重版

 
 学生時代に読んでいるが、コケティッシュな美貌の女(20代前半)が自分に憧れる複数の男たちを虚仮(こけ)にして、ありとあらゆる意地悪や悪戯をする。彼女を囲む青年の一人がツルゲーネフ自身(当時16歳)で、誇り高き公爵夫人の令嬢から見たら、まるで子共、いいように翻弄されて棄てられたという印象が残っていたが、今回もう一度読み直してみて、印象がかなり変化した。

 それは、一言でいえば、若いときには気づかなかった、ツルゲーネフの文章上の技巧のみならず、起承転結に至るまでの繊細な展開であって、「少年の若々しい感覚を通して描かれ、甘美な感傷につつまれながら、本作品を書いた時点では作者はすでに多くの経験と多くの生活体験をもった中年の男性だったために、観察眼に鋭さと精密さが加わり、行間には読み手に芳香として流れる、それまでの西欧の作品を凌ぐものが窺える」ことだ。

 そのうえ、解説者であり訳者である米川氏の言葉を借りれば「作品の中心に置かれたシナイーダという水際立った美貌と容姿にくわえての性格描写にツルゲーネフなりの工夫があり、このユニークな女性の魅力がかつて読んだときより一際顕著に読み手の心に訴えてくることだ。さらに、「トルストイも、ドストイエフスキーも、この初恋には羨望を禁じえなかったであろう」との論評は宣伝文句というより真実に近かったのではないかと思う。

 さらに、シナイーダが惚れ、愛した恋仇が少年の父親だったという展開は、本書が自伝的な話である以上、彼自身の経験であり、そのことを知って愕然とする少年の心持とは別に、シナイーダが多くの男をひれ伏せさせたひとときの時代から、今度は彼女自身が少年の父親にひれ伏し、従僕となり、奴隷へという位置に甘んじて悔いがないという、純粋に恋に落ちる情景は、本書の複雑な魅力を一層輝きのあるものにしている。

 ただ、文中、「ユダヤ人のような表情をして」という表現が出てくるが、当時のロシアではユダヤ人への迫害が厳しかった時代であり、ツルゲーネフ自身がユダヤ人をどう見ていたかは本書に示されていない。

 また、日本にはじめてツルゲネーフを紹介したのは二葉亭四迷だったという記憶があり、彼の代表的な作品「浮雲」はそういう影響から生まれたとの諒解がある。


(ロシア語で出版された原書)


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