勝山心中/押川國秋著

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「勝山心中」 押川國秋著 講談社文庫

 
 性同一障害という今日的問題に時代劇を、それも廓(くるわ)を舞台に迫った作品。17世紀の江戸時代の売春ビジネスを知るうえでも格好の著作で、廓の仕組みがよくわかり、時代背景にも理解がおよぶ。廓のなまめかしい様子と、裏腹にある悲惨、女郎の行く末など想像に訴えてくる。

 これだけ中身の濃い作品は久しぶり。色も匂いも読者に伝わってくる。

 「心中」というのは日本や韓国に固有の現象で、江戸時代の著作(主に上方で、近松門左衛門も関西の人間だった)には「心中もの」が多く、この我国特有の心中自殺礼賛だけは海外諸国には理解されない。

 ことに子供を道連れにする心中は、現在でも頻繁にニュースに扱われるが、犯罪のなかでも許しがたい犯罪の一つ。子供を別の「個」、「人格」と考える姿勢が欠落している。

 それにしても、花魁が道中するときの、高い下駄をはき、外八文字の形で歩く、あの姿がかつて浅草、吉原の「松葉屋」で見られたものだが、主婦連による妙ちきりんな運動を起こされて、つぶされてしまったことは、かえすがえすも無粋なやり口だった。 いわゆる風俗営業とはまったく縁のない、江戸期に現存した「花魁」の道中姿を見せるだけの「芸」を、かつて売春をやらせることを商売にしていたという理由で閉鎖に追い込んだでしまったのだ。そのころ、同じ吉原に軒を並べていたソープランドとは全く異なる「伝統文化」を「売春」に結びつけ、家屋ごと消し去った連中の知性レベルが判らない。ソープランドを消しても、松葉屋は残すべきだった。

 松葉屋の跡地には、現在、交番が存在するという。


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