切ってはいけません! 日本人が知らない包茎の真実/石川英二著

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包茎の真実

「切ってはいけません!」 石川英二著
副題:日本人が知らない包茎の真実  新潮社

 「包茎」とは、「ペニスの包皮が反転、あるいはめくれない状態の、いわゆる真正包茎」のことであり、医学的な処置がほどこされないとイレクト時に痛みがともなう、したがってセックスそのものが不可能との認識があった。この私の考え方が正しかったことを本書を通じて知ったことは幸いだった。

 「包茎」とはなにかという問いがまず重要なテーマ。 一般男性が「包茎」だと悩むのは「真正包茎」ではなく、医学用語でいう「仮性包茎」を指す。「仮性包茎」とはみずから包皮を指でめくれる、専門用語でいうと「反転」あるいは「翻転」できるのだが、いつもは包皮が、人によって、亀頭の一部、半分、あるいは大部分が覆われている状態をいう。

 「真正包茎」は明らかに病気であり、勃起すること事態が不可能というより、痛みが強く勃起ができない症状になっているため、ペニスの皮膚に張り付いている包皮を手術する必要があるが、この種の病気は僅かな、例外的な実態でしかない。本書が「切ってはいけません」という対象の状態は、真正包茎とは全く異なるものである。

 本書を読んで意外なこと、意外な歴史の皮肉、などを学ぶ機会にもなった。

 かねて、ユダヤ人は「割礼」と称して、ほんの幼児の男子に強制的に包皮の切除を行う習慣が紀元前よりあり、それをローマ人が嫌って、「割礼の必要はない」との断が下されて以来、キリスト教はユダヤ教から分派、おかげで全ヨーロッパに拡大していく糸口となった。

 (つまり、ユダヤ教がキリスト教に嫌われ、迫害されるようになった最初の理由がオチンチンの包皮処理を巡ってのことで、下ネタであったという皮肉というか、レベルの低い話になる)。

 にも拘わらず、ユダヤ人女性だけには、なぜか子宮頚ガンがきわめて稀だった。彼女らの夫はみなユダヤ教だから、明らかに「割礼」を幼少のころにほどこされている。その事実に着目した19世紀以後のイギリス、アメリカ、オーストラリアの学者間であらためて「包皮の切除」を、とはいっても、いわゆる真正包茎ではなくて、みずからその気になりさえすれば反転、翻転、あるいはみずからの手で剥くことのできる状態の包皮をカットすることが医学的にも正しい行為(子宮癌を減らせる効果がある)と判断するにいたり、当時はこれらの国々では、幼児の包皮切除が盛んになされた。2000年代に入ってから、切除することに特段の意味はないとの結論にいたっため、以後、切除する者は激減した。

 包皮が残っていると恥垢がたまり、それが原因物質となって男の場合なら陰茎癌を、女の場合なら相手となった男の恥垢が原因となって子宮頚癌を惹起するのではないかと疑われたが、恥垢に発癌性物質は含まれていないことが立証され、西欧各国が考え方を変えていったという。また、ユダヤ人の女性は先天的に癌抑制体質を遺伝的にもっていることも立証された。

 この事実は、我々に、西欧人もけっこう頭が固く、阿呆なところがあることを教えてくれ、この下りには思わず笑ってしまった。

 が、一方、妙なことに、大戦後、アメリカナイズされた韓国人が青年、壮年になってから、切除を求める男が跡を断たないという。「包茎への対処」という点で、現在、最も遅れているのが韓国らしいことをはじめて知った。

 日本社会には江戸時代から、例の春画にもあるように、雁が張り出し亀頭部分が露出している形、姿が最高で格好いいという迷信が生まれた。が、現実問題として、百パーセント亀頭が剥き出しになっている男は全体の10-15%で、この率は世界的に同じようなものらしいが、江戸文化が生んだ、一人よがりの「断定」に、一般の日本男子はよほど苦労したらしく、いまなおその影響が続いているという話にも驚かされた。

 著者の言によれば、「包皮には免疫力もあり、殺菌作用をもつ化合物が含まれていること」、また、「亀頭と包皮のシワシワ部分とはそれぞれ別のセンサーから送られてくるシグナルをセックスの快感として認識するシステムになっており、互いにミックスされて、より深い快感が得られ、それこそが自然が与えたセンセーションである」、「包皮をもつ陰茎は挿入時には表皮がむけて挿入されるが、抜くときは表皮が亀頭を部分的に覆う状態となり、それが一種の「スライド現象」を生じ、男にとっても女にとっても良好な結果をもたらす」と。

 完全に露出している率、包皮をかぶっているがみずから反転できる率、真正包茎の率、いずれも、世界のデータによれば、どの民族もほぼ同じ数値を示すということは、それこそ「自然の営み」というしかない。

 若い母親が男の子を産んで、そのあと、勝手に赤子の陰茎を引っ張って、剥いてしまうケースがときに起こるそうだが、すべては自然のままに任せるべきことが本著者の意見である。

 動物の陰茎はすべて包茎であり、恥垢もたまるに違いないが、それで問題は起こっていない。

 「包皮はよいもの」であり、「あるべきもの」という考えが正しく、要は衛生の面であり、風呂に入ったとき、シャワーで恥垢のたまらぬよう洗浄するくらいがよい。皮膚が柔らかい部分だから、石鹸でごしごし洗うのは勧められない。これが著者の結論である。

 現今、ヨーロッパの女性が「割礼男性はウサギ」だと厳しいコメントを出したそうだが、「割礼したためにペニスを激しく動かし、ために自分だけさっさとオルがズムに達し、女性に不満を残すことを指すそうである。

 著者は「包皮は切除すると快感が増す」は真っ赤な嘘であると批判している。相手をする女性がオーガズムに達するまで我慢できなくなるとは言え、ために「女にセックスの醍醐味を教えずにすむ」という考えが生まれたらしい。

 本書のような内容の濃い、しかも若い男性が人にも親にも相談もできずに困っている問題にスポットライトを浴びせて、「包茎の切除、是か非か」を、可能なかぎりのデータを示しつつ説明していくのは痛快というばかりでなく、世のため人のために是非とも必要な一書であることを強調したい。とはいえ、「包茎」の話だけで一冊の書物ができあがることには驚いた。

 最後に、「陰茎は包皮を含め、年齢、経験とともに、変化する」はまったくその通り。

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