北への旅/椎名誠著

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書評:ためいき色のブックレビュー-北

  「北への旅」 椎名誠

  2010年5月28日 PHP研究所単行本初版  ¥1500+税

  副題:なつかしい風に向かって

 本書の「あとがき」に、作者は「冬も夏も風景がしんとしているところが、ぼくにはたまらない魅力のひとつだ。若い人などはそれが寂しくて都会にやってきしてしまう人がいっぱいいるのだろうけれども、都会で疲れたときに、多くの人がそのしんとしたものの価値を知るようになるのではないだろうか。そうして、ときに、足をひきずるようにして帰っていける、そういうしんとした故郷を持っている人は実にしあわせなんだろうなと、ぼくはこの本を作りながらあらためて考えていたのだった」

 私個人もずいぶん昔のことになるが、会社の慰安旅行で金曜日会社が終わり次第、4台の自動車に分乗し、高速がすでに建設されていた盛岡までは運転を代わりつつ、車中泊、朝の8時に八戸に着き、宮古まで足を延ばしてそのまま洞窟探検をし、太平洋岸を南下、私の個人的な憧れの地、碁石海岸を経由、石巻に出、そこから仙台市内を突っ切って鳴子温泉でようやくまともな旅館で1泊、三日目はゆっくりして東京に戻ったという経験があるが、むろん、本書のような冬ではない。

 正直いって、日本のほとんどの海岸線はいずこも護岸工事がなされ、景色を破壊しているというだけでなく、南国では昔だったら、季節になると山蟹が大挙して海岸まで降りてきて、海水に向かって産卵するというシーンを見ることができ、いわばその土地の風物詩になっていたものだが、そういう景色は久しく目にしなくなった。

 作者が言うように、これだけ護岸工事をしている国は世界広しといえども、日本くらいではないかという意見には賛成だ。そういう目で見れば、東北はまだまだ自然そのものの風景をカメラで切り取ることができる。

 冬、深い雪に埋もれる東北だからこそ、秋田の「竿灯祭」、青森の「ねぶた祭」、仙台の「七夕祭」といった仰々しいまでの派手な祭に市民が酔い痴れるのではないかと思う。

 作者が「外国人は麺類の啜(すす)り食いができない。このダイナミックな食い方が出来ないとは!」と遺憾の意を表しているが、かれらから言わせれば、「食事中、音を立てて食べるくらい下品で、そういう人がそばにいたらとうてい食事を一緒にはできない」ということになるだろう。子供の頃からの習慣というものは恐ろしいもので、すすり食いという食い方を激しく嫌悪するようになってしまっているのだ。そのうえ、「すすり食い」にはテクニックがあり、かれらに「すすり食い」をすることはできない。すすり食いは日本人の固有のスキルといっていい。また、「うがい」を苦手とする外国人も多いと仄聞する。

 さて、本書に対する批評だが、正直に言うが、「撮影旅行という目的が脳裏にインプットされていて、それに拘泥するあまりか、あるいは著者本人の年齢か、文章にいつもの勢いとキレとユーモアと男の子らしさがなく、あまり楽しい本ではなかった。撮影旅行であったからこそ、本書に適度なモノクロ写真が配置されていることは目を楽しませてくれはしたが。

 できれば、以前にやったように、日本人が滅多なことでは足跡を残せない世界の果てに足を運んで、思う存分のエッセイを、ノンフィクションを書いて欲しい。

 


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