十五少年漂流記/ジュール・ヴェルヌ著

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十五少年漂流記

「十五少年漂流記」
ジュール・ヴェルヌ(1828-1905/フランス人)著
原題:フルンス語による「Deux ans de vacances」(2年間のヴァカンス)
1888年 原題によるフランスでの出版
1896年 英訳によるものを日本語に翻訳、紹介
2009年4月8日 集英社によるジュール・ヴェルヌ・コレクションより文庫化初版
翻訳:横塚光雄

 

 本書こそは私の少年時代の最高の愛読書だった。

 仲が良く、賢い15人の少年らはリーダーを決め、結束し、漂着した無人島で生き延びるための工夫をし、困難を克服しつつ住居を決め、島内の探検にも日々を費やして地図を作成、生活を可能にするための猟や釣りをし、ひたすら洋上に現れる汽船を待つという内容で、私のイメージは固定されていた。

 あらためて本書を読んでみると、誤解していたことや驚くことが数え切れぬほどあった。それは、たぶん、私が少年時代に読んだ本が英訳(1896年)されたものからの翻訳をベースに児童文学書として内容をある程度削って出版されたのではないかと思えるのに比べ、本書はフランス語による原文の全訳であり、ために文庫本とはいえ523ページにおよび、字数は40万字を超えるボリュームで、前者に漏れていた内容が余すところなく網羅されているからであろう。

 設定は1860年、ニュージーランドのオークランドの港、日本が幕末(維新は1868年)で騒然としていた時代、7200キロを漂流の末に南半球の太平洋上にある無人島に漂着という場面から始まる。

 私が本書により知見を改めたこと、驚いたことを列記してみる:

1.15人のなかに黒人の少年が1人いて、他の白人少年に対し、年齢に拘わりなく常に丁寧な言葉遣いに終始していた。(時代的に、人種差別感覚は仕方がなかった)

2.15人の国籍がイギリス人、フランス人、アメリカ人と多国籍になっていたこと。イギリス人少年を憎まれ役にしたことにはフランス人作家の意図が感じられた。(たとえ、後日に仲直りしたにせよ)

3.オークランドから漂流が始まり、どこに流されたのか判断できない状況にも拘わらず、文中に突如、7200キロという言葉が出てくる。ただ、オークランドは南緯30゜ほどにあり、東にほぼ真っ直ぐ流されたとしたら、南米チリーの南部に向かったことにはなる。なお、漂流が余儀なくされた理由は一人の少年のちょっとしたイタズラ、船を係留しているトモヅナを解いたことに原因があった。

4.無人島は実際に存在する島をモデルとしているが、冬季はペンギンやアザラシが生息し、淡水湖や川からは虹鱒や鮭が捕獲でき、海からはタラが釣れ、厳寒時の外気温は氷点下30度にまで下がる。動植物のありようは明らかに南米大陸に相似していることが判り、島の存在海域が南米チリー南部の沿岸に近いことが察せられる。

5.島には、過去に漂着者が存在した形跡とともに死骸があり、少年らはその人物が生活していた洞穴を拡張して住居とし、死骸は墓をつくって埋めた。

6.イギリス人のチームが離反し、他の地域に移住する。

7.ケートという大人のアメリカ人女性が突然現れ、仲間に加わるが、黒人の奴隷貿易で金儲けをたくらむ悪党らに拉致され、ともにランチ(ボートより若干サイズの大きなボート)で漂流し、島に漂着、ケートは機会を捉えて彼らから逃げてきた事実とともに、悪党が船長を捉えたまま島の一隅に未だ存在し、ランチの修繕を目論んでいること。少年らの存在を知れば、少年らが所有するものを奪いに来ることが予測される。

8.悪党どもの存在を知った少年らは離反したイギリス人らに事態を知らせ、全員を一箇所に集め、ともに対応策を練る。

9.悪党どもに対し警戒態勢をとるなか、船長が幸運にも逃亡でき、少年らと合流。その後、悪党どもと銃撃戦となり、勝利を収め、ランチを豊富な道具を使って修復、これに乗って無人島を脱出した。南米沿いに南下、マゼラン海峡を越えた海域で、オーストラリアのメルボルンを目指す汽船と遭遇し、オークランドまで送り届けられた。

 以上が、私の記憶になかった部分だが、私が読んだ少年少女文学全集に書かれてあったのか否かは不明で、確かではない。

 解説によれば、この本が出版された当時、爆発的な人気を得て、各国語に翻訳され、少年らの勇気、忍耐、慎重、献身、秩序、計画と遂行能力などが絶賛される対象になった。

 本書はあくまでも作家の想像による少年向けの小説であり、単なる創作物である事実を超えるために作者は事前に多くを学んだ形跡がある。そのことは時に、文章の量を必要以上に増やす結果をも招き、読者を倦怠へと導くこともあった。むろん、そのことも初の知見ではあったが。

 結果として、少年時代に固定されたイメージと、全訳された本書からのイメージとのあいだには大きな乖離があったことを知ったが、知ったことの意味は決して小さくはなかった。


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