古風堂々数学者/藤原正彦著

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書評:ためいき色のブックレビュー-古風


  「古風堂々数学者」  藤原正彦(1943年生)

  2000年 講談社より初版  単行本

  2003年5月1日  新潮社より文庫化初版  ¥400+税


 この作者の作品に一貫しているのは「ブレのないこと」である。軸が安定し、自身の信ずるところを頑固に発言し、守り通す心構えに、いつも感嘆する。


 作品から、目を引いた部分を書き出しつつ、(  )内に私の思うところを綴ってみる。


1.オーストリアのグラーツで開かれた数学会に出席したとき、近隣のチェコ、ハンガリー、スロべにアなど東欧やロシアの学者たちが多く参加したが、通常国際会議で使われる英語はまったく通じなかった。

 (作者は英語のほかに、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語に通暁している)。


2.外国語に精通するより、自国の文化、伝統に精通し、東西の名作を知悉していることが流暢な英語を話すより、はるかに重要。(同感)。


3.イギリス人は伝統を尊び、アメリカ人を軽佻浮薄とみなす。イギリス人はアメリカを崇拝していない。そのなかには、アメリカの富や力に対する近親憎悪的な嫉妬もある。

 (にも拘わらず、軍事的な行動では、第一次、第二次、両大戦ともに、アメリカを頼りにしてきたし、現代に至っても、アメリカに追随することが多い)。


4.イギリスは1世紀のあいだに七つの海を支配し、未曾有の繁栄を謳歌したが、その後、大気汚染や貧富の差や風紀の乱れなどを体験した。だから、それらを求めて狂奔するアメリカ人を無知な若造と嘲る。


5.年寄りと若者とは人生経験も違い、考え方も違う。年寄りは若者に迎合的になる必要はない。そこに対立するバランスというものが存在することが大切なことだから。


6.「みんな仲良し」「暴力はダメ」「人の命は地球よりも重い」などの謳い文句はロマンチックではあっても、人の心には響かない。 

 (現実、人の命は地球より決して重くはないし、過大な表現の好きな人間に受けているだけ)。


7.アメリカ的合理精神が科学技術に代表される近代文明に寄与してきたが、戦争に継ぐ戦争、貧富の差の拡大、環境の大規模破壊、大量殺戮兵器、麻薬、エイズ、家族の崩壊、治安の悪化をもたらした。合理精神に修正を加える必要がある。


 多種民族のアメリカにおける論理はしばしば自己正当化に過ぎず、ために弁護士の数が日本に比べ、人口比20倍も存在する。日本人はそういうギスギスした社会には馴染めない。にも拘わらず、戦後、日本はむしろ積極的にアメリカナイズされ、長い間培ってきた精神風土すら、これを尊しとしない精神状態に陥っている。


 (戦後、他国に比べ、日本が伝統文化を棄ててきたのは、敗戦による自信の喪失に元凶がある。国境を複数の国と接する国の目には理解を超える「敗戦ショック」が未だに日本人の脳裏の奥に居座っていて、そのコンプレックスから抜け出せずいるというのが実情)


8.自由競争、実力主義は組織や社会を活性化するのに効果的だが、一方で、組織や社会から安らぎを奪い、国民の9割が弱者という格差社会をつくってしまう。日本はアメリカとは異なる、日本人の心情にマッチする社会、経済体制を構築すべきだ。


 アメリカはある意味できわめて特異な国であり、アメリカを真似たところで、長期的には失うものが多い。(戦後、アメリカのホームドラマを見、電化製品に囲まれたアメリカ社会に憧れたのが日本人。以来、アメリカ礼賛から抜け出せず今日に至っている)。


9.幕末、利害得失で動かず、官軍相手に全滅を覚悟で徹底抗戦した会津藩は、明治政府からもイジメが続き、鉄道路線からも外され、軍人官僚への道も閉ざされた。こういう会津の潔さに私は拍手を送りたい。

 (作者の奥さんの郷里は会津)。


10.20世紀は科学の世紀だった。相対性理論、量子論、原子物理学、分子生物学、その他新しい分野が次々と登場、コンピューターをはじめとする機器の発達が科学諸分野の様相を一変させ、19世紀までに人類が得た自然科学をたった1世紀で上回る科学的知見が得られた。ただ、この世紀を特徴づける科学は、化学兵器にはじまり、核兵器など大量殺戮兵器の開発という汚点を併せ創造した事実をも認識しておく必要がある。

 (ナパーム爆弾も、クラスター爆弾も、ミサイルも、自然破壊も、その範疇)。


11.数学は理系の分野で唯一の実験を必要としない分野であるため、僅かな予算ですみ、政治、経済の波とは関係せずに進歩し続ける。そのうえ、構築された理論はいったん打ちたてられると、後に否定や修正されることはない。だから、どんどん深化し、天才学者であっても、既成理論を学習するために20代の後半までかかってしまう。新しい理論を創造するための活動期はそれだけ年齢的に遅くなる。


12.教育の面では、資本主義社会が株式市場をベースにしている実態を説明することが大切なのであって、子供たちに株式投資の模擬を行なわせ、市場に誘うのが本来の目的ではない。


13.単純なことはロジカルに説明しやすいが、複雑なこと(とくに人間の心情など)は、ロジカルに説明しにくい。若年層、とくにアメリカナイズされた若者ほど、ロジカルであることを求める性急さがあって、説明に難渋する。


14.日本は教育の在り方を根本的に改めるべきだ。教育効率と経済効率とは両立しない。


 本書のなかで最も面白かったのは、「心に太陽を、唇に歌を」の一篇で、小学生の頃の悪ガキぶりとともに、弱者への見返りを求めない力添えが描かれ、感動的だった。また、本書には著者の他の作品にない、家庭のことがふんだんに紹介されていて、それも一服の癒しだった。


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