唯脳論/養老孟司著

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唯脳論

 「唯脳論」 養老孟司著(1937年生)

  ちくま学芸文庫  1998年10月初版

 この難しいタイトルで、しかも1998年の初版、2006年まで14回の増し刷りを行なっているという事実に、まず驚愕。なにせ、本書は難しくて解りにくく、眠気に誘われる。そういう内容の本が多くの日本人に読み継がれていることが喜悦と安堵とを誘った。

 ただ、ここ数年、「脳」に関する書籍が世に出回るようになっている実情のなかで、8年前に書かれた本書に知見上のミスや遅れがあるのではないかとの不安があり、解説者が「あとがき」で「世界は脳の産物」であること、「脳が捉えた世界こそが世界であること」をどこかで強調して欲しかったとしつこく書いていたが、そんなことにこだわるより、1998年にこれだけ小難しい本を世に問うた作者の知識と積極性に脱帽という印象が強い。

 最近出版された本と比較しても、下記した部分を読むだけで、この作者の先進性が理解できるし、作者の執筆の切れのよさは相変わらずで頭の冴えを感じさせて十分。

 1.ヒトの歴史は「自然の世界」に対する「脳の世界の浸潤の歴史」であり、われわれはそれを進歩と呼んだ。

 2.あらゆる科学は脳の法則性の支配下にある。つまり、脳はすべての科学の前提。

 3.ホモサピエンスは解剖学的にも、身体的にも、ここ数万年変化していない。脳もまた、ほとんど変化していないはずだ。まして、書かれた歴史はたかだか数千年。

 4.ヒトが無意識につくり出すものはヒトの身体の投射であり、社会もまた然り。(自然環境の破壊、自らの自滅行為もまた然り?)

 5.ヒトは実証不能な観念にすら頼りたくなるほど弱い者であり、だからヒトから人間社会のシンボルの一つである宗教を切り離すことはできない。

 6.心臓は「物」だから解剖できるが、循環は心臓の機能だから解剖できない。脳は物質だから取り出すことができるが、心は実は脳の作用であり脳の機能だから、肉眼に供することはできない。

 7.生物の器官について構造と機能の別を立てるのはヒトの脳の特徴の一つ。

 8.心には特殊性があり、我々はそれを「意識」と呼ぶ。意識には「自分で自分のことを考える」というおかしさがあり、それゆえヒトは意識を特別扱いしてきた。デカルトの「われ思う、ゆえにわれ在り」(cogito ergo sum)は「脳を使って考えるている我が存在する」と同義である。

 9.脳という機能について解剖学が貢献できるのは心という機能と脳という構造の関係を指摘すること、つまりは「唯脳論」に尽きる。

10.言語も脳の機能、視覚系も脳の機能。両者が重なったとしても、なんの不思議もない。

11.動物愛護団体の一方的な言い分が通って、多くの実験がストップしてしまう例が昨今の西欧では稀ではなく、動物愛護が人間愛護と相容れなくなってきている。動物実験ができなければ、人間を知ることができなくなるからだ。

12.睡眠は無意識の状態にあるが、たとえ眠っていても、脳のエネルギーの消費、したがって酸素の消費量が多いかも知れない。眠っていても、脳はそれなりに働いている。レム睡眠のことを、Rapid oye movementと英語でいう。

13.「夢が何かについて」はおびただしい議論がある。ほとんどの夢は快よりも不快な夢が多い。敵意のある夢は友好的な気分の夢の2倍に達する。これは人生そのものを反映している。

14.思考も、意識も、自我も、ほとんどの場合、自慰的であって、それ以外のなにものでもない。(自己保存本能?)

15.言語の発生にいたる生物学的必然性、ヒトの脳になぜ言語が発生せざるを得なかったか。ヒトを特徴づける最大の特徴が言語であることに異論はないだろう。(言語能力は左側の大脳皮質に位置している)。

16.脳は世界の産物であり、哲学は脳の産物である。脳は哲学よりも広く、世界は脳よりも広い。

17.ヒトをヒトたらしめている機能は大脳皮質で、意識や言語との関連が深い。逆に大脳皮質より下位の中枢については呼吸や嚥下(えんげ)、食欲や性欲など主として下位の中枢が担う機能である。生きるために必要な機能に重要な、ヒトをヒトたらしめている機能は必ずしも重要な機能が担っているわけではない。

18.脳は複雑怪奇な構造をしているが、個々の神経細胞の機能からすれば複雑ではない。神経細胞が連結しあい、興奮するか抑制される、それだけのこと。それで、どうして記憶や心理や計算や夢が生じるのか、複雑怪奇なのはそこである。

19.脳は脳を知る。脳は脳のことしか知らないと言い換えてもいい。数学は脳を使って、たとえば、現実には存在しない直線を想定する。大きさの異なる点の集合を直線として想定し得る。点には位置はあるが、大きさがないのにである。

20.文字言語の発生時点と、口頭言語の発生時点とで、ホモサピエンスという種の脳になんらかの生物学的変化が起こったとは考えにくい。

21.発語器官すなわち咽頭、耳の伝音系、すなわち中耳は脊椎動物が水生であった当時の鰓(エラ)だった。鰓は鰓穴から入った水を外に出す器官。耳の神経要素すなわち内耳は直接には鰓が由来するものではないが、鰓の背側領域に接して位置する。この位置関係も昔からの深い因縁。いま我々は鰓を使って音を出し、その音を聞くのに鰓の一部を利用する。呼吸器ないし摂食器。ただの鰓から5億年も経てば、こんなこともするようになる。耳と音との繋がりは末梢器官にも見られる。

22.若年層の限局性の脳梗塞の原因は、一つは編頭痛、一つはピルの多用。

23.同じ大脳皮質でも大脳辺縁系すなわち原始皮質、古皮質との関わり、さらには中枢とのかかわり、その論理の解明、分析が困難であることは古くから知られている。

24.明治期、年齢層と信心との相関を調べた統計がある。若い層ほど信心の率が低く、将来、わが国では宗教の勢いが低下すると予測された。昭和に入って再度同じ調査を行なったところ、まったく同じ統計結果が得られた。(にも拘わらず、なぜ得体の知れない新興宗教に加入する人が絶えないのか。そして、なぜ心霊写真だとか、UFOだとか、パワースポットだとかをテーマとするTV番組が喜ばれるのか?)

25.むかし、アルゼンチン大使だった川崎氏が「肉体的に日本人は醜い」と、その著書「素顔の日本」(Japan Unmasked)で書いたが、それは「思想の欠如のため」だ。

 (作者に反発するようだが、私は日本人は今現在でも平均的には世界でピグミーやホッテントットの次くらいにチビで、身体的には今だに醜い人種だと思っている。原因は長期にわたる生活習慣である正座を強いられたこと、肉食を嫌ったことなどにある。

 作者は「三島由紀夫は膨らんだ」と書いているが、あの当時の三島由紀夫の筋肉などは薄っぺらで、男として、裸をみせられるような筋肉のつきかたではなかったし、当時「筋トレ」をやっていた男の目からは裸を自ら雑誌に曝した三島の体は醜く、噴飯ものだった)。


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