土の科学/久馬一剛著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「土の科学」
久馬一剛(1931年生/京都大学名誉教授)著
副題:いのちを育むパワーの秘密
帯広告:地上の万物を養う土の力はどこから来るのか?、今、地球から土が消えている。
2010年7月2日 PHPサイエンス・ワールド新書初版
¥800+税

 

 本書はもろに学術書であり、「土」というものと真正面から向かい合ってみたいと思わない限り、内容は睡眠薬代わりになるばかり。

 沖縄に10年ばかりいた頃、ある一人のオバアから、それまで考えもしなかった言葉を聴かされた。

 曰く、「土の全然ないようなところに住むもんじゃないよ。降雨があったら、雨が沁みこんでいける土があればこそ、その場に潤いがひろがる。人間の心もまっとうに、穏やかになる。土がまったく見えないようなところには必ず凶の空気がある。そんなところに住んでおったら、人心も凶的になって、家庭ははかばかしくはおさまらんよ」と。

 沖縄のオバアの言葉が脳裏に蘇ったことで、本書の入手に結果した。

 「中国語の土には日本語にもある『土くさい』と同じく、人を軽侮する意味合いがあるし、英語の『Soil』には土という意味とともに、『汚す』という動詞としての使い方や『汚物』という意味もある。

 一方、孔子の言葉として『人の下なるもの、そはなお土か!これに種植えれば、すなわち五穀生じ、これを掘ればすなわち甘泉出ず、禽獣は育ち、生きるは立ち、死せる人は入る。その功多くして、言わず」との生態系に関する認識は、さすがというほかはない。

 「クモザル、ホエザル、リスザル、ピグミーマーモセット、タマリンなど各種の猿が熱心に土を食べるし、わが国の猿や鹿も特定の場所で土を食べている」

 「いうまでもなく、あらゆる陸上生物の生存環境を構成しているのは大気と水と土である」

 「大気に7割以上を占める窒素は窒素固定菌の働きでアンモニアになるか、雷の放電現象に際して硝酸に変えられる必要があるが、窒素が大気に起源をもつのは確かであり、また火山の噴出するガスや大気中に浮遊する海水の飛沫が塩素と硫黄の重要な給源となっているものの、ここまでは6元素にすぎず、植物に必須のそのほかの11元素はすべてもう一つの環境要素である土からの供給に待たねばならない」。

 「この意味で、生物はむろんのこと、植物を食べて生きる動物の生命も基本的に土によって制約されている」

 「1935年、中国東北部、黒竜江の克山県に原因不明の心筋梗塞が多発したが、長く原因が判らなかった。その後、この病気は黒竜江から南西のチベットにかけ大陸を斜めに横切って広く分布すること、これらの地域の土と、その上でつくられる稲、麦、玉蜀黍など主食となる穀類のセレン含有量がそれ以外の土地のものと比べて極端に低いことがあきらかにされた。

 同じく、中国東北部からチベット東部にかけてむかしから『大骨節病』と呼ばれる風土病が知られ、手足の関節が変形肥大し、痛みのため30歳を超えると労働できなくなるといい、同じ病気はシベリアにもあり、やはりセレン欠乏症とみられているが、一方で、セレン過剰症も湖北省で報告されている。」

 「我々が日本の林間を歩あいだ知らずに踏みつけている動物たちがいかに多様で多数であるか、想像を超えている」

 「土壌の呼吸量は緯度の高い熱帯で大きく、温度の低い寒帯では小さいが、生き物が活動している限りは、どこでも何がしかの炭酸ガスを出している。」

 「岩石が壊れて石礫(せきれき)となり、次第に細粒化し、ついには砂になっていく。この自然の過程を『風化』といい、物理的風化と化学的風化とがある。日本国内で南に行くほど土が赤みを増すのは科学的風化が湿潤で、高温なほど活発に進行するから」

 (初めて沖縄を訪問した人なら、たいてい、その土地が赤いことに一驚を喫する)。

 「岩石の風化してできた素材としての土を母材というが、植物や動物、微生物の助けや有機物の作用でその構造や色などをいろいろな程度に変化させて土壌に特徴的な土層をつくり、その層位の積み重なりが、大きな崖などで模様としてしばしば見られる」

 「土壌の生成には気候、生物の関与、母材、地形、時間など五つの要因がかかわっている」

 「ロシアのドクチヤエフこそが、近代土壌学の普及発展の基礎を築き、かつてリンネが分離した植物界、動物界、鉱物界と並んで、『土壌界』の存在を主張した。大気圏、水圏、に土壌権を並列する考え方は現在地球や地球の環境を論ずるに当たり、その要素として大気、水、土を取り上げることにも対応し、より的確。」

 「保水と排水という相矛盾した機能を両立させる団粒構造こそ、土壌のもつ最も優れた機能の一つである」

 「土の中の生物の個体数は天文学的な数に及ぶ。1グラムの土のなかに総人口に匹敵する1億の細菌が棲むというが、そのほかにも放線菌やカビや、その他の菌類もいるし、動物と名のつくものにも現生生物からミミズ、シロアリまであり、その種類も数も膨大な数にのぼる。

 この世界では特定種の優占を許さず病害や虫害によるカタストロフィック(壊滅的)な系の破綻を防いでいる」。

 作者は本書後半部分の大部を稲作のことに向け、日本農家が米作を300万トンから200万トンに減反したことに触れているが、そのこととは別に、私には一言言いたいことがある。まず第一に、新潟に親戚がいないこともあって、スーパーでも、コンビにでもいいが、「新潟コシヒカリ」と書かれた米を買って食っても、一向に美味を感じたことはなく、ラスベガスの友人宅で口にする「カリフォルア・ササニシキ」のほうがはるかに美味なのはなぜか、未だに判然としない。想像だが、「新潟コシヒカリ」には他の米が混ざっていて、美味を損なっているのではないかということで、これは現地が生産、供出したコシヒカリと全国に配布されたコシヒカリとの量が合わないことから、長く話題になっていることであり、なぜ政府は混ぜた米の名前とそれぞれの量を明記するよう業者に指示しないのだろうか。こんなまずい米を市場に出していれば、米の好きな日本人だって米を食わなくなるのはあたりまえで、減反は必然というものだ。政治家の票田へのかばいだても目に見えるようだ。

 「土壌浸食と砂漠化。文明人は地球の表面を渡って進み、その足跡に荒野を遺していったとは、二人のアメリカ人農業研究者の言葉」

 「地球が一年にできる土の量は平均してヘクタールあたり1トン足らず、にも拘わらず、世界的なレベルでは、ヘクタールあたり10トンを許容し、これが土壌劣化、土壌退化、土壌荒廃を惹起している。」

 「河川の質の変化によっては、稲作地に塩分やアルカリの過剰に多く含まれた水が流れ込み、これに依存した稲作地帯は『塩類土壌』、ナトリウム含有量の多いものは『アルカリ土壌』と『ソーダ質土壌』となり、使いものにならなくなる。塩害で放棄された農地は毎年100万ヘクタールに達している」

 「類似の問題はマングローブを伐採して海老や魚の養殖地を開発するところでも起こっている。せっかく自然がつくりだした貴重な景観、環境、生態系、資源を長期的な利用に役立てることを考えもせず、むざむざ破壊している」

 「今日では、水圏や大気圏にも固定態の窒素の一部が滞留して問題を生じている。硝酸による水圏の窒素汚濁、富栄養化は今日多くの池や湖における問題であるし、大気圏では農地や畜舎から揮散するアンモニアや自動車の排気ガスに由来する窒素酸化物が酸性雨の原因となっていることを忘れてはいけない」

 「人口が増え、食料消費が増えれば、肥料需要が増える。最も憂慮されるのがリンである。リンがいずれ枯渇することは見えているからだ。100年前の日本農業、家畜や人間の排泄物、山野の草木、かまどの灰などを肥やしとする徹底した資源循環をすれば問題は解決する」

 「なるほど」と思った内容が多かった。本書に出遭ったことは幸運だったと思っている。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ